2009年12月31日

映画、「牛の鈴音」

今年は春に雲南に行った。田植えの頃の棚田を見に行ったのだ。
見渡す限りの山々に山肌一面に田を切っている。
何千何万もの棚田がある時は雲海の下に、ある時は雲海の上に見えている。
壮観であり、荘厳でもあった。
日の出の棚田は息を飲む程美しかった。
瞬間、真っ赤に染まった雲が棚田の水面に照り映え、その上を雲が流れて行くのだ。
田植えは水牛だ。
機械などは使っていない。
田には鴨が放されている。
鴨が害虫を食うのだろう。
自然の営みが美しかった。
この映画は、韓国の山村が舞台だ。
牛と共に田畑を耕して一生を暮らす老夫婦を追いかけたドキュメンタリーだ。
物言わぬ牛と寡黙な老人の傍らで、愚痴を言っているかのように、悪態を
ついているかのように、老婦が喋りつづけている。
このおばちゃんええなあ。こんな感じ大好きやなあ。
まるで彼らの人生を解説してるみたいや。
ここの自然も美しい。心に留めておきたい風景だ。
水墨落書き帖にちょっとだけ画いてみた。
詩は陶淵明。
夏日長抱飢 寒夜無被眠 飢えた夏の日は長いし 寒い夜に布団もない
造夕思鶏鳴 及晨願烏遷 夜は早く朝が来てほしいし、朝になったら日が暮れるのを願う
在己何怨天       己のせいだ。天を恨んでもしょうがない。
どうにもならない貧しい暮らしを謳っている。
しかし、この映画の老夫婦と一匹の牛は実に心豊かな生活だと思う。

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毎週木曜は映画、音楽、書画に関する話です。
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2009年12月30日

大黒のかやくご飯

道頓堀の近くで昔ながらのかやくご飯のおいしい店があると聞いた。
そういうヘルシーでおいしいものがあるのなら行ってみないと行けない。
地図で見ると道頓堀、松竹座のあるあたりの御堂筋を挟んで西側のちょっと裏手にある。
店はすぐに分かった。「昔からある」というとおり、暖簾と提灯がちょっと古めかしくて
感じが良い。「気取ってて、混んでたらいややな」と思いつつ中に入った。
「いらっしゃい」と声がかかる。
がらがらではないが席がある。
「何にしましょう?」
メニューを見ながら、周りの人が何を食べてるか様子をさぐる。
「えっと、かやくご飯と・・・・汁・・・」、「白みそですか?赤みそですか?」
「えっと・・・赤みそで・・・アサリが入ったやつ・・・」
「はまぐりです」とびしっと返される。
「えっと・・そのはまぐりと・・・ぬたと・・・(斜め向かいをみると小芋がおいしそう)
・・・小芋下さい」
ちょっと待っていると、左前の席の人のところに鰈の煮付けがきた。
「しまったあれがうまそうやったなあ」
平日だが、そこそこ一杯だ。誰か帰る頃、誰か来る。並ぶほどではないが、がらがらには
ならない。
料理がでるのにも時間がかかる。丁寧に作っているのだろう。
「来た」
味噌汁が熱々だ。こういう配慮は大事だ。おおぶりのハマグリが入っている。
さっきは失礼。
しかし値段はかなりのものだ。これだけで1500円を少し越える。
値段に比べて味はどうだろう。
確かに良い味だ。全ては下ごしらえから実に丁寧にしてある。
全て薄味だが、しっかりと上品な味がある。
「いいものを食べている」という気がする。
妖しさと勢いと庶民の感覚を食わせるB級飯も大好きだが、こういうちゃんとした味わいも
大事なものだ。
「おいしかった。ありがとう」
しかし、ちょっとだけ高いなあ、やっぱり。

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毎週水曜は食べものに関する話です。
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2009年12月29日

最近夢中で読んだ本の話、内田百

内田百閨A「ノラや」
内田百閧ニ言えば夏目漱石の弟子だそうだから、これは、もう一つの、「吾輩は猫である」
と言えるだろうか。と言っても、猫が主人公でものを言う訳ではなくて、猫に狂って
しまった男の物語である。
それでも猫が主人公であることは間違いがない。
大事にしていた猫がある日突然いなくなる。散歩にでかけたまま帰らないのだ。
そこから男のモノ狂いが始まる。猫狂いといったらいいだろう。
あけてもくれても、猫の帰ってくるのを待っている。
風が吹いても、箸がこけても、「やれ帰ってきたか」と思う。
あらんかぎりのつてを訪ねる。新聞に広告をだす。ラジオで放送してもらう。
こんなに純粋に狂える男は実にうらやましい。
そしてその身代わりといえる猫が到来した。
又、この猫にモノ狂いだ。
終わってみれば、唯の猫の話だ。
唯の猫に対するモノ狂いの世界をこんなに見事に描き切ってしまうすごい人だ。

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内田百閨A「旅順入場式」
近代の二大怪奇小説の作家と言えば、岡本綺堂と内田百閧セと聞いた事がある。
内田百閧ヘ好きだが、怪奇小説は読んだ事がなかった。
実はこの本がそうだった。
実に内田百阯ャだ。淡々と誠実に、ひたむきに、そして頑固で、そういうところが
何となくボケになっていてユーモラスですらあるのが百阯ャといえるが、それに
恐ろしさ、気味悪さが入っている。
出色の作品だと思う。
夢の続きが現実であったり、現実の話をしているようにおもっていると夢の中だったり
語る本人が恐ろしがって、気味悪がっている。
この短編集のうち、「山高帽子」に出て来る作家は芥川龍之介だそうだ。
彼の自殺前夜の風景が百阯ャに描かれていて興味深い。

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やっぱり百閧ヘ奥が深いなあ。

毎週火曜は、最近夢中で読んだ本の話です。
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2009年12月28日

ア・キャトルのクリスマスケーキ

俗に言う「左党ですか?右党ですか?」と聞かれると、それは「左党です」と答える。
一応何の自慢にもならないが酒飲みを自負しているし、「甘いものは好きではないので」
とか言っている。しかし、実は年をとると甘い物が食べれるようになるのだ。
むしろおいしいと思える時も多々あるようになる。
そう言えば、昔私の父も、甘い物を食べながら酒を飲んでいた。当時は「気持ち悪い」と
思っていたが、同じことをするやつになってしまった。
先日はクリスマス。「クリスマスケーキは何にする?」と自ら言いだす始末だ。
「インナートリップのケーキはおいしかったけどね」
昔、道頓堀にインナートリップという店があった。「はり重」の御堂筋を挟んで向かい側
あたりにピンクの派手なケーキ屋さんがあって、入ると
「あのう男性だけはお断りしてるのですが」と言われ、「いや、連れがすぐきますから」
としどろもどろにならないといけないような店だった。
男には座っていても落ち着かない店だったが味はとてもおいしかった。
ここの「ブッシュ・ド・ノエル」というクリスマスケーキは当時甘い物が苦手な私でも
「これはうまい」と思えるものだったので、「あんなの食べたい」と言うと、
「あれに近いというと、ア・キャトルやろうね」ということになって、早速予約した。
ア・キャトルは値段は少々高めだが私でも味はいいと思う店だ。材料がいいし、甘さの
具合も程良くて、丁寧に作られていると言う感じがする。
さて、クリスマスケーキが来た。
確かに美味しい。
上品な味だ。
一日おくと味にコクがでるような気がして更においしくなる。
「インナートリップのケーキがそうやったね」
やっぱりインナートリップが懐かしい。
と私でも思うのであった。

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毎週月曜はこだわりのモノの話です。
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2009年12月27日

北京、蟋蟀の缶

久しぶりに北京の瑠璃廠をぶらぶらしていた。今回は旅の最後に1日とっておいたので
時間がある。ゆっくりと探し物をしよう。
昔、「ラストエンペラー」という映画を見たことがある。最初の頃、わけもわからず
皇帝になってしまった少年が、蟋蟀で遊んでいる場面があった。卓上の調味料入れ
ほどの大きさのものを手に握りしめていて、なんだろうと思っていたら、中から
蟋蟀が出て来たのだ。それは蟋蟀を入れておく小籠だったのだ。そうやって飼って
おいて時に闘わせる事もあるという。というより闘わせるために飼っておくのだそうだ。
子供向けではなくてそれは大人の楽しみだそうだ。中国ではそういう遊びもあるのだ
ということを初めて知った。
昨日話をした「上海メモラビア」にも出て来る。ある里弄で骨董屋を冷やかす話だ。
昔の大家の墓から盗んで来たという蟋蟀缶を高く売りつけようとする話だ。
先日紹介した水上勉の「北京の柿」というエッセイにも出て来る。
老舎夫人を訪ねて老舎の思い出話をしていたら、蟋蟀缶の話になって、日本に帰ったら
老舎夫人から想い出の柿と蟋蟀缶を送って来たとという話だ。
そんな事もあって、もしかして北京で骨董屋に行ったら売っているかもしれないと
思って探してみたのだ。
たまたま見つけた骨董屋に入った。
「蟋蟀缶ある?」ときくと、「あるよ」という。
まさかいきなりあるとは思わなかった。
「見せて」というと、出して来た。想像どおりより少し大きい。手に持ってちょっと
はみ出すくらいだ。胡椒挽きを少し大きくしたような形で、蓋がねじでしまっている。
その蓋に穴があいていて、まあ、これは空気穴だろう。中はもちろんがらんどうで
穴は開いていない。
「ふーんこんなものだったのか」としげしげと眺めていると、
「これは瓢箪を加工して作ったものだ」と言う。なるほど、見た感じや手触りが
少し違う。「瓢箪で作るというのが大事なんだ」といったようなことを盛んに
いうがよくわからない。
「古いものか?」と聞くと、「そうだ」という。
「いくら?」と聞くと、「300US$だ」という。
「これはあかんわ。外国人からぼったくる店だ」と思い、買う気をなくした。
「高いよ」というと、瓢箪から加工するのは随分難しいのだと言う。
「さっき古いものだと言うたやんか」と思うが、買う気はないから追及はしない。
「まけてよ」、「幾らやったら買う?」と言うから、「100元やなあ」というと、
そっぽを向いてしまった。
面白い物を見つけたが、3万円程も出して買う気はしない。
残念だが、又機会を見て、骨董屋を探してみよう。

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2009年12月26日

上海、張愛玲のアパルトマン

手元に陳丹燕と言う人が書いた、「上海メモラビリア」というエッセイがある。
それにもう一冊、「上海的風花雪月」というこの本の原書もある。
この本は、上海の上海的なノスタルジックな場所とそれにまつわる因縁話やそこから
湧きおこる様々な思いを美しい文章で綴った本だ。
原書の方はすらすら読めるわけではないが、中国語の美しさが感じられるのと
日本語版にはない写真があって、まるでその場にいるかのように思えたり、
こんど上海に行った時には必ず訪ねて見ようという気にさせらるのだ。
その中に、「張愛玲のアパルトマン」という一節がある。
張愛玲というのは上海出身の有名な作家だそうだ。
その彼女が暮らしたアパルトマンがまだ残っている。
上海のほぼ中央を横断する大通り、延安路を静安区まで来たら、常徳路に入ってすぐ、
片側2車線の大通りの両側には近代的な高層ビルが立ち並んでいる。
その一角に今ではちょっと場違いな、小ぶりの、しかし存在感が十分にあるビルが
ひっそりと建っている。
それが、常徳公寓だ。
上海では租界時代の洋館があちこちに残っていて実際に使いながらも保存されている。
ここもそういう洋館の一つなのだろう。
中に入ると、オースチンのエレベータがあって、専属のエレベータ係がいるという。
或いは居たと言う。
古いエレベータには白い手袋をはめた案内人が良く似合う。
アパートの住人を知り尽くした人だ。彼又は彼女のめがねにかなわなければ、
勝手にここの住人を訪れるわけにはいかないし、ましてやここに暮した人の話を
聞く事も出来ない。観光客がものめずらしげに入ってきて写真をとっても
「その表札は間違ってるよ」と教えてもらえないのだ。
しかし、今はもうよそ者は中には入れない。
入り口で門番が控えていて、関係者以外は入れてくれないのだ。
あまりにも沢山の観光客が押し寄せた結果だろう。
残念だが外から眺めて帰るとしよう。

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2009年12月25日

上海、四川料理で生ビール

今回の旅行の前日は上海にいた。夜になった。
飯でも食いに行こう。前に何度か行ったことのある四川料理がいいなあ。
あそこは辛いし、美味い。確か、茂名南路をを南に行って、復興路を西に折れたところに
あったはずだ。しかし、そのあたりをうろうろしても「蜀天閣」というレストランは
見つからない。「おかしいなあ」とゆっくりよく見ると、前に店があったあたりは
改造されて別の店になっている。
「つぶれたんや」
上海万博の再開発でどこかに引っ越したのかもしれない。いずれにしろないものは
しかたがないが楽しみにしていた店がなくなるのは寂しいものだ。
「どこか近くにおいしい四川料理屋がないかなあ?」
「准海中路まで戻ったらあるよ」
と言う事で行ってみた。准海中路から東湖路に入ってすぐのところだ。
欧米人向けのレストランやバーがならんでいるおしゃれなところだ。
「こういうしゃれたとこは私向きやないなあ」と少し心配したが、今日は信じられない
くらい寒い日だ。早く店に入ってしまいたい。
「龍門陳茶屋」と書いてある。四川でも有名な店らしい。

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寒い中結構歩き回ったが、落ち着いてビールでも飲もう。
さすがおしゃれな場所だ、「生ビールがあるではないか」

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最初は串蝦。
実はこれが大好きなのだ。ビールにとても合う。
唐辛子と香料をまぜた薬味がかかってとてもおいしい。

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やっぱり水煮魚を試さないといけない。
ガツンというわけではないが上品でおいしい。
なかなかいける。

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麻婆豆腐もきちんと辛い。
四川風味が感じられる。

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野菜もないといけないので空芯菜。
おいしいけどお腹一杯だ。

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場所柄マニアックな店ではないがおしゃれで清潔な店。味も良い。
高級感はあるがそれほど高くはない。
辛い物大好き人間にはメニューはちょっと不満かもしれない。

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毎週金曜は酒や茶に関する話です。
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2009年12月24日

映画、「キャピタリズム〜マネーは踊る」

マイケル・ムーアの作品は最近殆ど見ている。相変わらず痛快な作品だった。
やはり今の不況に時代に誰しも興味がある内容なのだろう、月曜の昼間に行った
のに空席なしの満員だった。
いつもは予約何かしたことがないし、平日の昼間に満席と言う目にあったこと
もないからいきなり行っても大丈夫だろうとたかをくくっていた。それでも
ネットで予約できる事を教えてもらって念のために席を押さえておいたのが正解
だった。
日本人はモノづくりが好きとよく言われる。
私もモノづくりの会社に入って30年以上勤めた。
モノづくりは大好きだ。
先日テレビを見ていたら、ちょうどこの映画のような特集番組があった。
世界一の頭脳が集まっているかもしれないアメリカのMITやハーバードの卒業生が
どんどん新製品の開発に参加していると言うのだ。
どんな画期的なモノかと思えば目に見えないモノだった。
金融商品の開発だ。今までにない画期的なビジネスモデルを開発したという。
何かおかしい。うさんくさい。
空中に楼閣を建てるようなものだ。
そんな美味い話がいつまでもつづくはずがない。
誰でもそう恐れるような事が起きていて、案の定破たんした。
しかし、仕組みが破たんしただけで誰も罰を受けない。
それどころか、公的資金をつぎ込んで救済するという話だ。
その公的資金はそんな魔法をしかけて居座っている人達のやつの報酬になるのだ。
絶対におかしい。
そういえば、昔、ITの仕事をやっていた。
経営改革とかグローバルスタンダードを採用しないと世の中についていけないとか
いうコンサルタントがわんさと押し寄せてきて、かっこいいプレゼンをやって
いくつものプロジェクトを走らせていた。
何百億円投資して、何百何十億円かを儲けるという話だ。
「そんなのおかしい」と反対しても、「近代的な理論を理解できない時代遅れのやつ」
と烙印を押されるだけだった。
しかしやっぱり、投資だけが現実だった。
それでも、どんな話でも、理論はやっぱり間違ってなかったという。
やり方が悪かっただけだという。
世の中に害をなす理論ってどうやって見つけるんだろう。

$袋を持って行って、俺達の金を返せとい迫らないといけないところは一杯有るかもしれない。

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毎週木曜は映画、音楽、書画に関する話です。
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2009年12月23日

「東興順爆肚張」という北京のモツ屋さん

日曜日に書きかけた話の続きになる。
映画、「胡同の理髪師」では、出張散髪専門のおじさんが、友達のモツ屋に行くと、いつも
必ず座る席があった。前海に面したガラス張りの席につくと、いつものモツが出てきて・・・
といった場面であったが、今はオリンピックがらみの再開発で場所が移転してしまった。
と言っても前に場所のすぐそばだそうだ。看板を見ると、漢字の他に見慣れない文字が
書いてある。ウィグル文字の様だ。とするとここはイスラム料理の店なのだろうか?
そういえば表の通りもイスラム徒風の服装の人がちらほら歩いていた。
店内にもウィグル文字がある。店員はそんな風な帽子をかぶっている。やっぱりそうだ。
でも、「モツ料理ってイスラムで食べてもええんやろか?」、「酒もおいてあるで」

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とりあえず「麻豆腐」を頼んだ。これはおからをねっとりと炒めたものだ。
素朴な味でおいしい。

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次はセンマイだ。殆ど癖がなくて、さっぱりしている。なかなかおいしい。
格別というほどではないがかなりいける。
甘辛いごまタレにつけて食べるのだ。

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そして、羊の腸?ミノだろう。しこしこしているが柔らかい。癖がなくておいしい。

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ついでにウシのミノもいって見よう。殆ど見た目は同じ。
しかしちょっと癖がある。これも結構いける。

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「これはちょっと甘すぎるなあ」
「あの向こうの席に人が食べてるやつ下さい」ということで、万頭みたいなのが美味しそう
だったので頼んでしまった。

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北京の小吃というと、モツ屋台でいろいろ妖しげなモノを食べさせているようだが、そういう
店も又試してみないといけない。
今回は映画で見たあの店を探訪できて楽しかった。
やはり北京は行くところが一杯あっていいのだ。

毎週水曜は食べ物に関する話です。
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2009年12月22日

最近夢中で読んだ本の話、水上勉、エイオット・ヘスター

水上勉、「北京の柿」
本の箱に水墨画が描かれているので気になって買った本だ。老舎の家の柿の木をイメージ
して描いた画かもしれない。
「北京の柿」とは老舎の家の柿の木の事だ。もう何年も前になるが、夕暮れが迫り、閉館の
直前に老舎記念館を訪れた事がある。王府井近くの胡同の入り口付近にその家はあった。
元の住まいをそのまま保存したものだと思う。
四合院つくりの簡素な家の中には確かににつかわしくない位沢山の木があったと思う。
それが柿の木かどうかは気がつかなかったがこの柿だったのだろう。
文革前に水上邸を老舎が訪れたことがあって、いろいろな話をした中に蟋蟀を飼うの缶の話が
あって、「是非一度北京にいらっしゃい、其の時にこの缶をみせてあげましょう」という
会話をしたが、それが最後になってしまって、老舎は文革で槍玉にあげられ憤死して
しまった。その後、機会があって水上が北京の老舎の旧宅を訪れ、夫人に面会した際に
老舎の思い出として柿を贈られた。
こういう話だけではなくて、水上勉は日中を結ぶいろいろな仕事をしておられたようだ。
そういう中からこのエッセイができたのだろう。
確か障害を持った子供がおられたような記憶があるが、上海で中国医術の針をつかった
大手術を見学して、我が子に施してみたいと動揺する場面がある。
中国医学も奥が深そうだ。

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エリオット・ヘスター、「機上の奇人たち」
旅の話は大好きだから、この手の本は実に興味深い。
フライトアテンダントの体験談だ。
あの狭い飛行機の中で実に考えられない事が起こっている。
勿論、ちょっと面白おかしく描いているのだろうし、いつもいつもこんな事ばかり起こって
いるわけではないだろうが信じられない事も多い。
酒を飲み過ぎて酔っ払って暴れる人、ゲロをはく人、無理難題を言う人。
こういうのは容易に想像できる。
前に、飛行機を降りてパスポートチェックの所まで歩いていたら、そばを空港係官に連行
されている酔っ払いがいた。かなり暴れて大声を出していた。
別の時にはビジネスクラスのおじさんが、酒をくれと騒いでいて、フライトアテンダントに
「あなたは十分に召し上がっていられますから」と厳しくはねつけられていた。
私も、二日酔いで貧血を起こして離陸寸前に迷惑をかけたことがある。
恥ずかしい話だ。機中出産なんか恐ろしいけど感動モノだとは思う。
しかし、まさかと思ったが、あろうことか飛行機の中で、トイレの中や、座席でまでナニをしたがる、
やってしまうカップルが沢山いるそうだ。ほんまかいな!

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2009年12月21日

北京で白檀の香屋さんを見つけた

前に水墨画の老師に白檀の香を貰った話をした事があると思う。
良い匂いだったのずっと買いたいと思っていた。日本で探したら随分と高い。
それで前に黄山に行った時に老街で探したが、そんなものを売っている店はなかった。
上海ではよくわからなかった。老師に聞いたら、蘇州で友達にもらったと言っていた。
そういうルートではどうしようもない。それで今度北京に行ったらきっとあるだろうと
期待して行った。ネットでしらべると雍和宮の近くにあるという。雍和宮と言えば
中国でも有数の大きい寺だ。チベット仏教の寺だが門前に様々な仏具の店もあったよう
に記憶している。きっとお香の店もあるだろう。
雍和宮は地下鉄の駅があるから便利だ。店も簡単に見つかった。
大きな店だ。さすがに店内はお香で一杯だ。
「白檀の香はありますか?」と聞くと、「これがそうだ」と言う。
いくつも種類がある。中国人がよく使う長い線香はいらないので、「短いのはないの?」
と聞くと、勿論ある。いろいろあってどう違うのかを聞くと、中国では原材料の白檀の
木はないので、全てインドから輸入している。
その材料のランクによるようだ。それに安いのは香料を混ぜているから一見よい匂いの
様だが偽物だという。
匂いを嗅がせてもらうと確かに匂いの質が違う。
試しに老師からもらった線香の袋を見せてみると、店員はその匂いを嗅いでみて、
「これは本物だ」と言った。さすがにプロは紙に残った匂いでわかるのだ。
ちょっとましなランクを選んで、「いくら?」と聞くと、日本よりははるかに安い。
「まとめて買うからちょっと負けてよ?」と値切ったが、香港に本社がある会社らしい。
簡単にはまけてくれない。
ちょっとだけでもまけてもらって気を良くして帰った。
スーツケースに入れておいて、折れたら大変なので大事に手に持って帰った。
今回は紙も一反買って帰ったので手荷物が大変だった。
家に帰ってさっそく焚いてみると、なかなか好い香りだ。
この店、これからも愛用しよう。

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毎週月曜はこだわりのモノの話です。
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2009年12月20日

四川省、楽山大仏、峨眉山、蜀の桟道の旅−21

前海は凍っていた
成都に行く前の上海はものすごく寒かった。それでテレビを見ているとあちこちが雪の
予報だ。もちろん成都も雪だ。北京も雪だ。
「どうしよう」と思いながらも成都に行ったら、峨眉山で氷雪に遇った。寒い事は
寒かったが、天気がよかったので、凍える思いはしなくてすんだ。
しかし、北京の冬は寒いと思っているので、「いややなあ」と思いながらだった。
確かに寒い。しかし心配したほどではない。
さて、それでは映画「胡同の理髪師」に出ていた「東興順爆肚張」というモツ屋に
行って見よう。映画では前海のほとりにある感じのよい店だった。一度行ってみたいと
前から思っていたのだ。
住所を見ると前海東沿とある。タクシーに乗って聞いても知らんというので、前海の
入り口で下ろしてもらった。
前海というとは、紫禁城の北にある広大な堀のような池のような湖のようなものだ。
まわりに胡同がたくさん残っていて、絶好の観光地になっている。
さっそく人力車のおっちゃんたちがあつまってきて、「どこへ行くんや、乗れ、乗れ」
というが、「すぐそこやから」と断る。
普段なら観光客が多いところだが、今日は寒いせいか殆ど人がいない。
もしかしたら噂に聞いた寒中水泳をしているあやしいおっちゃん達がいるかもしれない
と見ていたがいなかった。
寒中水泳は更に北にある大きな后海でやっているだけなのかもしれない。
随分歩いたがまだ店は見つからない。
よく見ると、池はすっかり凍りついている。
これではいくらなんでも泳ぐのは無理だろう。凍った池の隅の氷の割れ目に鴨が集まっている。
そのそばで一羽の鴨が氷の上をひょこひょこ歩いている。
氷が余りにも冷たいのでつま先だって歩いてるみたいに見える。
そんなはずはないのだが。
ぐるっと半周してやっと店を見つけた。

今回の旅行記も一応これでおしまいにします。
後はいつものブログに戻ります。残りの話はその中で思い出しながら書いていきますので
よろしくお願いします。

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2009年12月19日

四川省、楽山大仏、峨眉山、蜀の桟道の旅−20

再び北京譚木匠へ
地下鉄を乗り継いで順調に王府井に到着した。渋滞があってもこれなら楽だ。
ホテルにチェックインをすませて、久しぶりの北京だ。さてどこに行こう。
それでまず近くから片付ける事にした。
頼まれていた柘植の櫛を買いに行くのだ。
北京で櫛というと譚木匠という店がある。
どうも北京だけではなくて中国全土に支店がある大きいチェーン店のようだ。
確か重慶の街でも見た事があるし、他の街でも見た記憶がある。
北京は、黄楊(日本の柘植に当たる)の櫛が中心だが、街によってそこの
特産の材料を中心においているような気がする。
ここの黄楊の櫛は女性にお土産にあげると非常の評判がよい。
髪の滑りがよくて梳きやすいのだそうだ。それに静電気がでないからいいのだ
そうだ。私も自分で使っているが、私の場合は髪が少ないので効果はよくわからない。
前の記憶をたどって行くと、それよりも近くにあった。更に1店舗増えたのかも
しれない。
店に入ると、日本の高級櫛店のように豪華な飾り彫りをした櫛が並んでいるわけではない。
ごく実用的な形の櫛が並んでいるだけだ。
品物を見ていたら店員が側にきたので、女性の、土産を探していると言ったら、
「これが絶対に良い」と強く勧められた。
ブラシのように加工した櫛だ。丸い棒状の櫛目が2列に並んでいる。
実にシンプルで、使いやすそうだ。
しかし、「柘植の櫛を年月をかけて椿油で使いこんでいく」というイメージではない。
ためらったが、あれほど勧められたし、実用的な方がいいだろうと買う事にした。
こういう櫛が日本でも手軽に買えるといいのにと思った。

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2009年12月18日

四川省、楽山大仏、峨眉山、蜀の桟道の旅−19

成都から北京へ
さて、いろいろあった成都の旅も終わった。帰りは、今回、久しぶりに北京に寄って
帰る事にしている。飛行機は8時半だ。
来る時は霧で大幅に遅れたが、今日は一応天気はよさそうだ。しかし何があるか分からない
から余裕を持って空港に行こう。
だから、ホテルで朝ごはんを食べられなかった。結果的には順調にチェックインできたし
飛行便も問題なさそうだ。安心したから何か食べよう。
それで空港のレストランに入った。あまり色々は無い。
メニューをみていると四川風のワンタンがあるみたいだ。
「ええなあ、これにしてみよう」
唐辛子が利いてうまい。食欲をそそる辛さだ。ワンタンも美味いがスープも美味い。
朝からこういうのを食べると元気がでる。やっぱり四川だ。何を食っても辛い。
と言っても、辛い物だけを追い求めているからというだけのことなんやけどね。

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今日は何の問題もなく飛行機は順調に出発した。
2時間半程で北京に着いた。
今回は、初めて空港快線に乗ってみよう。北京オリンピックで新しくできた地下鉄だ。
これなら、いつもおICカードが使えると余裕で交通カードを自動改札にかざしたら、
「ブー」っと言う。あせって係員に聞いてみると、どうやら一定期間使わないとエラーが
でるようだ。「それほど長く使わなかったわけでもないけど」と不思議だったが、
仕方がない。
ここは第3ターミナルだが、第2ターミナルに寄ってから北京市内に向かうようだ。
市内からは直接、第3ターミナルに来るので、第2ターミナルに行く人も一旦
第3ターミナルに寄らないといけない。
何でもいいけど初めてに電車なのでわくわくする。上海のリニアモーターカーのスピード
には遥かに及ばない、のんびりと市内に向かう。しかし、交通渋滞が多い北京では、時間帯
によっては、タクシーに乗るよりはこちらの方が時間が読めていいという。
値段もそれほど安いわけではないが便利は便利だ。

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2009年12月17日

四川省、楽山大仏、峨眉山、蜀の桟道の旅−18

結局は千佛崖も見ることができずに帰途についた。あの渋滞がうそのように帰りは
順調だ。しかし、工事中で片側一車線になっている処が多いし。ちょっと混みかけると
強引に追い越しをする車が後を絶たない。これではいつあんな渋滞が起きてもおかしくない。
成都に戻ると8時頃だった。昨日よりも早いくらいだ。
しかし、結局は750km走っている。それだけ走って、渋滞もあってこの時間に帰れるのなら
今回の計画もそれほど無謀なものではなかったのだ。
ただ残念ながら行く先々が地震でダメージを受けていて、行く前にそれが分かっていなかった
という事だけだ。旅行会社に問い合わせてもわからなかったのだからこういう情報は
あまりちゃんと流通していないのかもしれない。
車の方は、走行距離あたり幾らときちんときまっていて、運転手のチャージも9時間までなら
それに含まれているし、超えても1時間70元くらいだったので実に明朗会計だと言える。
それに料金も運転手に支払うのではくて、本社と直接清算するからチップなども受け取らない。
旅行者で手配するばあいよりもしかしたら少し高いかもしれないが、料金がガラス張りだし、
行き先を強引に決められたり、希望の所に行ってもらえなかったり、土産物屋やレストラン
に強引につれていかれたりという事がまったくないので気持ちがよい。
その代わり、こちらが知らないところにはいけないから、調べておく必要がある。
旅の一つの手段としては、非常にいい経験だったと言える。
さて、晩飯の時間だが、前の日にホテルの近くでよさげなレストランを見ていたので、今日は
そこに行く事にした。
しかし、入ってみるとそこも火鍋の店だった。火鍋ばかり食べるのも芸がないので探していると
結構沢山レストランがある。こんなことなら最初からホテルの近くにすればよかった。
それで、入った店は、結構綺麗で大きい店だ。私の好きなB級の妖しさや驚きはなさそうだが、
今回は人数が多いので安全な方がいいだろう。

それでも流石は四川の四川料理、辛いのはしっかり辛い。

叩黄瓜は胡瓜を叩きつぶして大蒜と唐辛子をかけたもの。大好き。

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アヒルの舌?こんなのが好きな人もいる。

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回鍋肉。誰でも知ってる、安心の味。

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何なっだたかな?

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水煮魚。山椒が効いてうまい。私だけか?

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何のスープか忘れた?甘い物?

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本家麻婆豆腐。やっぱり辛くて美味い。

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車に乗り疲れた一日だった。足が痛い。

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2009年12月16日

四川省、楽山大仏、峨眉山、蜀の桟道の旅−17

千佛崖はどうだ?
明月峡に別れを告げて高速道路に戻る。
「帰りも渋滞だったらどうしよう?」と心配だったが、帰りは順調に流れている。
「どうします?」と運転手が聞くので、「折角やし、渋滞もないんで、千佛崖に
行って見たいがどう思う?」と聞いたら、
「あそこは広元の市内に近いからもしかしたら地震に遇ってないかもしれません」
と言う。
かすかな望みで行って見る事にした。
運転手はPDAのナビを再設定だ。一生懸命地図をダウンロードしている。
出た。これで安心して千佛崖に向かえる。
中国でもこういうサービスができているので便利だ。やはり新しいモノが
好きな人が多い。
広元市のすぐ手前で、「千佛崖方面」の出口がある。ナビも「ここを出て左に曲がれ」
と言っている。
出口まで来て、運転手が料金所のお姐さんに聞いてみると、やっぱり、
「修理中」と言っている。やっぱりだめだったのだ。
「しゃあない。ゆっくり飯でも食おう」と言って、そのまま広元の街に向かった。
今日の走行は多分700kmを超えるだろう。渋滞もあったし、運転手はかなり疲れている。
広元は大きい街だ。しかも郊外を走っている。レストランを探しながら走るが
なかなか見つからない。
「どこも駐車禁止なんです」と運転手が言う。
「無理せんでもええよ」と言いながら結局、高速道路に戻ってしまった。
そして、小1時間走るとパーキングエリアに入って行った。
3時半頃だ。
トイレ休憩だが、運転手は「ここでインスタントラーメンでも食べる」って言っている。
我々は乗っているだけだから、そう腹ペコという程ではないが、彼は疲れて腹も
減っているのだろう。
ラーメンを食べるもの、お菓子を食べるものそれぞれで、しばしの休憩タイムだ。
しかし、何の変哲もないようだが、このラーメン、辛くてなかなか美味いのだ。
私としてはこれで満足。

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2009年12月15日

四川省、楽山大仏、峨眉山、蜀の桟道の旅−16

工事現場はテント暮らし
河べりの桟道というと、昔は岸壁に穴を穿ち、そこの杭を差し込んで土台にして、
それを並べた上に石板などを敷いて道にしたのだそうだが、今はただその場所に
古めかした材木で桟道を造っているだけだ。それでも昔を偲ぶよすがにはなるだろう。
それにしても、ここ明月峡の復興のためだけなのだろうか、このあたり一帯は
かなり大きな工事現場になっている。どうやら、何か大きな化学プラントのような
ものができるのかもしれない。
クレーンやパワーショベルが大きな音を立てていて、土砂を積んだトラックが
ひっきりなしに出入りしている。
それで、周辺にはその工事の作業員宿舎らしきものがかたまってあった。
作業員宿舎と言ってもプレハブ住宅ではない。テントだ。最初は地震の難民
かなと思ったのだが、皆、テント暮らしなのだ。テントといえば日本でも
ホームレスのブルーシートのテントが目に残っているが、まさにそういう感じだ
中には解放軍の名前が書いたものもある。軍の払い下げかもしれない。
そういうテントがびっしりと並んでいるのだ。今は昼間だから皆働きに出ている
のだろう。人の気配はないことはないが少ない。
そのテント村から少し下がったところにやはり大型の簡易テントで店が出ている。
日用品や食料品を売ったり、簡単な食べ物を作って売っている。
見ていると結構うまそうではあるが、さすがに手は出さなかった。
こういうところではやはり衛生面で心配だ。
「なぜテント暮らし?」と疑問が湧いたが、どうやら中国では、工事現場の人達
がテント暮らしをするのはあたりまえのようだ。
殆どどんな工事現場でもテント村があるようなのだ。
ちょっと遊びで郊外にでかけてテントに寝泊まりするというのは楽しいものだが、
仕事でこの暮らしは辛いだろう。しかも、これから冬を迎えるのにテントでは
殆ど地べたに近いところに寝泊まりしているに等しい。
厳しいなあ。

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2009年12月14日

四川省、楽山大仏、峨眉山、蜀の桟道の旅−15

蜀の桟道、明月峡
「やっと着いた」と喜んで、高速の出口に行く。料金所で運転手が何か聞いている。
「明月峡は修理中」と言っているようだ。
「あっちゃー。やっぱりか」
運転手は苦笑いしながら、Uターンしようとしている。
「ちょっと待ってくれ。行けるだけ行こう。ちょっとくらい垣間見できるかもしれん」
と強引に行ってもらうことにした。これで何も見んと帰るのはあんまりやないか。
ここからは殆ど地道だ。河原の近くを走る。通行止めがある。
その番人に聞いてみると、明月峡はやっているという。
「しめた。やっぱりきてみるもんや」
それで又、細い河原の道を奥に入って行くと、何だか工事現場のようなところに出た。
向こうの方に、明月峡らしき建物がある。
そこまで行くとどうやら修復作業を初めているようだ。
一旦桟道の壊れた材木を集めて修理して再構築するのだろう。
桟道も完全に崩壊したわけではなくて、かなり形が残っている。
立ち入ってはいけないのだろうが、立ち入り禁止にはなっていないので、そばまで
行って写真だけとらせてもらうことにした。
やはり前の地震はこのあたりにも大きな被害をもたらしたのだ。
その昔、蜀の国に行くため、険しい山を越え、河の崖っぷちにも貼り付けるように
道をつけた。三国志の時代の頃だ。その面影がすこしずつ残っているのを見に来た
のだが、この度の地震で無残にも壊れてしまったのだ。
しかし、今、こんなふうに壊れても形が残っている状態で見ておいてよかったとも
言える。次に来たときは、見た事もないような素晴らしい観光施設になっているだろう。
そして、大きな石をおいて、「蜀の桟道、明月峡」と赤い字で大書している事だろう。
決してそれが悪いと言うことではないけどね。
この辺りは何と言う河なのだろう。何れは長江にそそぐ大きな河が悠然と流れている。
河の向こうを見ると、高い崖の中腹を削って鉄道を通してある。
列車がゆっくりと通っている。
なかなか好いところだった。

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2009年12月13日

四川省、楽山大仏、峨眉山、蜀の桟道の旅−14

蜀の桟道、道遠し
今の時点では剣門関が地震の為に壊れて修復して居るのか、自然崩壊が進んだので
大幅に立て直しをしているのかはよく分からない。
もし、地震の影響なら他のところも見れない可能性がある。
そうなると、千佛崖などは名前からして危ない確率が高い。だから先に遠くにある
明月峡に行こうと決めた。
とにかく先を急がないといけない。
広元インターまでは順調だ。
そこから先は工事中が多い。どうしてもゆっくりになる。殆ど地道のようなところ
を片側通行で走ることもしばしばだ。
この高速道路は、西安−成都を結ぶ唯一の幹線道路なので交通量が非常に多いのだ。
それで、処理しきれなくなってきたので並行して新たな道を造っているのだ。
狭いがたがたの道をゆっくりゆっくり通り過ぎてやっと普通の道になった。
あと数キロで明月峡の出口だ。
ところが急に道が渋滞してきた。
そのうちぴったりと止まってしまった。
30分程待って少し動く。
又、止まる。
行きも帰りも渋滞している。しかし、ちょっと動いて隙間ができると、すぐに
追い越しだ。バスでも軽自動車でもトラックでも相手車線まではみ出して
追い越しをかけている。
確かにそうしたくなるのも無理もない程ゆっくり走っている車もある。
特に大型トラックはそうだ。
それでも混みあった道でお互いにおいこして、にっちもさっちもいかなくなる
のじゃないかと思ってしまう。
特にこの道路、自動車を運ぶ大型トレーラーが多い。
今は中国市場だけが自動車の売り上げをガンガン伸ばしていると聞くがそれを
反映しているのだろう。横2列にぎっしり車を並べて運んでいる。
それだけでも2台分場所をとるではないか。
結局2時間以上かかって明月峡の出口までたどり着いた。
原因はこんな道で無理な追い越しをして、事故を起こし、それでも追い越し
するからあちこちでにっちもさっちもいかなくなったと言う事にあった。
かなわんなあ!帰りもこれやったらどうしよう。

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2009年12月12日

四川省、楽山大仏、峨眉山、蜀の桟道の旅−13

蜀の桟道、剣門関
走る事、約2時間半で高速を降りた。側道からどんどん山の中に入っていく。
山もだんだん尖ってきた。
「いよいよかな?」と期待に胸が躍る。
看板が見えてきた。
「?」しかし、その方角に行けない。道が塞がっている。
しかたないから更に先に進む。又看板が見えて来た。
「ここか」と思うが、そこも左に曲がれない。
運転手も「?」顔だ。もう村に入ってしまった。
「聞いてきます」と運転手が下りていった。
どうやら修復中だという。「震災にやられたのかな?」と思ったが、どうも
はっきりしない。
しかし、修復というよりは、1から作り直している感じだ。
老街なんかも今から建てている。
「こんなんかなわんなあ」と正直思った。
1から作って、さも昔からあったかのように観光地に仕立て上げるのだろう。
有名な剣門関も全く新しい趣になってしまうのだろうか?
昔から天下の険と謳われたこの場所もどうなることやら。
李白にも詩があるが、私は宋の陸遊の詩が好きだ。

劍門道中遇微雨
剣門関を渡る道中で雨にあったという詩。
            
衣上征塵雜酒痕、遠游無處不消魂。
此身合是詩人未?細雨騎驢入劍門。

この身は将に詩人なるか、未だ成らざるか?
しかし、こんなだと詩興も萎えてしまうではないか。
剣門では豆腐料理が有名だそうだ。
こういうのを食ってみたかったなあ。しかし、こんなに遠くまで来て見れなかった
のだ。先を急ごう。

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