2010年07月31日

久しぶりに文楽に行った

大分以前に本で、「曽根崎心中」を読んでから人形浄瑠璃が好きになったのだ。
その後、何回か文楽に行ったが、残念ながら「曽根崎心中」はまだ見ていない。
まあ、「文楽であったら何でもええか」という部分もあるのでそれはそれでいいのだ。
今回の出し物は「菅原伝授手習鑑」と「日本振袖始」の豪華二本立てだ。
予約する時にえらい早い目だったので、「どこがいいですか?」と言われて、選べる所が
多すぎた。わからんままに「出来るだけ前の真ん中あたり」というと、
「前から2番目の列の真ん中が空いてます」というので、
「それはええな」と喜んだ。
しかし、入ってみて分かった。あまり前過ぎると、確かに人形を見るのにはいい。
人形の細かな仕草や、息遣いまで伝わってくるかのようだ。
しかし、逆に全体が見えない。
中央で主役が見栄をきったり、口上を述べたてたりの派手派手しい場面でも、同じ時に
隅のほうで家来が持ってきた荷物をそっと片付けていたり、こども同士がこちゃこちゃと
いたづらしたりしてるのが面白いのに、かなり首を回さないと見えないのでユーモアが
すんなりと腑に落ちない。
一番の問題は浄瑠璃語りの太夫が全く視界から消えてしまうことだ。
大声を張り上げ、声を震わせ、泣きの涙の聞かせどころに舞台もみながら太夫も見ながら
堪能したいのに、太夫を見ようとおもったた、「ぐいっ」と顔を横向けないと見えないのだ
「これからは前過ぎるのもあかんなあ」
大反省だ。
もう一つ気がついたのは、舞台の幕の上のところに大液晶パネルが設置してあって、
浄瑠璃語りの文章をそのまま流しているのだ。ちょうど舞台のはるか上になるのであまり
じゃまにならずに見る事ができるし、文字も大きくて読みやすい。
最初にそれがあるのに気がついたけど、「わしゃ、あんなん見やんでもわかるで」と
誰も知り合いがいないのにひとりでで見栄を張って見ないようにしていたが、
それでも時々ちらっちらっと見ると、意外と、実に、分かり易いではないか。
しかし、前の席でそればかり見ていると、首も疲れるし、舞台がおろそかになるので、
ほんの時々しか見ないようにはしたが(ここでも見栄をはっている)
やっぱり非常に便利であった。
松王丸が大見えを切る、「菅原伝授」もなかなかよかったが、スサノオノミコトの
ヤマタノオロチ退治の大立ち回りも面白かった。
伝統芸能は楽しい。

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2010年07月30日

武夷山のバイヂュウ

画の老師が武夷山に旅行に行って、ラプサンスーチョンの茶を買ってきてもらった話をしたが
その件は不調に終わった。その時に、
「あんたは酒が好きやから」というので土産にバイヂュウを貰った。
「武夷山のバイヂュウってあんまり聞かへんなあ」とか思いながらも賤しく貰ってしまった。
その後は、しばらく忘れていた。
それでふと思い出した。
「そや、武夷山に行った時のコップ酒の中味かもしれん」
2008年4月の事だ、アモイから武夷山の旅に行った事がある。
その時の事はブログに書いてあるので、時間があったら読んでいただきたいが、ちょうど
一通り午前中の観光予定が終わって、武夷山の村に帰ってきた。
「昼飯を食おう」という時間になった。観光客向けのレストランに行くのは面白くないので
運転手さんに、「あんたらが食べにいくような簡単な飯屋はないの」と強引に頼んで
村の道路の交差点にある小汚い店に連れて行ってもらった。
衛生的に若干心配ではあったが、あの「ゴーゴー」いう火で調理してるから、
「まあええか」と腰を落ち着けたのだ。
麺やらいろいろ食べたが小魚の唐揚げが美味しかった。
その時、「お茶ちょうだい」というと、「熱いのか、冷たいのか」というので、
暑い日だったけど、熱いお茶をたのんだ。
そのコップが、「武夷山」と白酒の銘柄を印刷したコップだったのを思い出したのだ。
「バイヂュウでもコップ酒があるんや」とわけもなく感動したのだ。
よく見たら、ちょっと違う。こっちは、「武夷王」と書いてある。こっちの方がえらいのだ。
そうとなったら懐かしい。飲んでみよう。
「えらいきついなあ」ガツンをきた。よく瓶をみたら52度だ。
大好きな北京の「二鍋頭」の56度には若干およばないが、ええ勝負だ。
味はかなり違う。「二鍋頭」は清冽な強さがあって、後口もさっぱりしていが、こっちは
濃厚で芳醇という感じだ。コクがあって後口も甘みが残る。
これはこれで旨い酒だが、やっぱり「二鍋頭」が私には好みだ。
しかし、武夷山を思い出しながらちびちび飲んでたら、この強さだ。結構酔っぱらってしまった。

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毎週金曜は、酒や茶に関する話です。
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2010年07月29日

王石谷の画集

水墨画では、まだ「石濤」の画が大好きだ。よく模写をしていた。
ある時、老師が、「そろそろ『王石谷』の練習をしたほうがええね」と言いだした。
「『王石谷』は今ではあんまり人気はないけど、水墨画の基本なんやわ。
そやからきちんと勉強しといた方がええ」という事だった。
ちょうどその頃、建仁寺、両足院で長谷川等伯の「竹林の七賢」図の展覧会があって見に行ったら
その入り口のところに、『王石谷』の軸があるではないか。かなり傷んで見えにくくなっているが
大きな軸だった。ゆっくり見ていると素晴らしい。細かい線で繊細に村里を描いている。
それでその後、画を習いに行った時、「『王石谷』はええですなあ。えらい繊細ですよ」と
興奮して言ったら、さっそくそれにも負けない繊細で丁寧な画を手本に描いてくれた。
それ依頼、『王石谷』風の画題で練習することが多くなった。
その後、北京に行った時に、瑠璃廠に行く時間があった。
「ちょうどいい。古本屋に行こう」
瑠璃廠には文房四宝の店だけでなく、古本屋もあるし、書画専門の古本屋もあるのだ。
それで、ある店に入り、「『王石谷』の本ありますか?」と聞くと、
「ない」というのだ。「有名な人でしょう?」と言うと、
「有名だけどない」と言う。
老師がいうように、やっぱり人気ないんやと思った。
それでもしつこく探してみた。幸い瑠璃廠には書画専門の古本屋が何軒かあるのだ。
ある店で、「『王石谷』ありますか?」と聞いたら、とうとう
「あるよ」と言う。
しかも、大安売りだという。上下2冊で200元。破格の安値だ。
早速買って帰った。
なかなか好い画が沢山ある。しかし、どれも緻密、精密な画ばかりだ。
模写するのに老眼はかなりきつい。
しかし、今となっては中々手に入らない画集なので大事にしてじっくり練習しよう。
何にしても基本があって応用がある。
自分流に自由に描けるようになるためには基本を辛抱強く勉強するしかない。
がんばるしかないのだ。

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2010年07月28日

柏屋光貞行者餅

先週のブログで、用があって、祇園の八坂神社の近くに行ったという話をした。
その用というのが今日の話だ。祇園祭の宵山、16日の日にだけ売る行者餅というのが
あるのだそうだ。そういうものだと食べて見たくなる。
元々大峰山で山伏修行中にお告げがあって造ったので、毎年、大峰さんに籠って霊気を見に
付けてから斎戒沐浴して造るありがたいお菓子なのだそうだ。
大峰山は昔よく登った。
主峰弥山に上ると、修行の山伏姿の実は普通の人に良く出会った。
「覗き」とかいう岩のでっぱったところに突き出され、紐にゆわえられて、「親に孝行するか?」
とか言われてたのを思い出す。
その先の行者還からは奥駆け道になっていてまさに修験道の道だが、登山道としても、紀州の山を
楽しめるいいコースだった。
適当にテントを張ったり飯を焚いたりしてぷらぷらしていたが、一向にお告げはこなかった。
日ごろの心掛けが悪かったのだろう。
それはどうでもいいが、そういうありがたい餅をとうとういただけるのだ。
四条通りから八坂神社のところまで出て、東大路通りを右に曲がる。何の事はない、ついこないだ
清水さんに行くのに通った道そのものだ。そのまま下って、信号のすぐ先、道の左側にあった。
目立たない小さな店だ。扉をあけると、すぐにガラスの陳列台があって、和菓子がならんでいるが
今日はそれには眼もくれない。
「行者餅、予約してたんですが」ときっぱり言う。
今日はその客ばっかりだから、店の中は大忙しだ。沢山の店員が座敷の中を動いている。
ゆっくり客の相手をしている時間はなさそうだ。
さっさと頂いて、さっさと持ち帰った。
折角やから抹茶で頂こう。
「ゆず味噌やね」
甘くて濃厚だが、ゆずがさっぱり感を出している。
京都らしくなかなか複雑な味だ。
やっぱり歴史ある食べ物はこういう複雑さがあって味わい深い。


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店名、「柏屋光貞」
ジャンル、和菓子
住所 京都市東山区安井毘沙門町33-2
電話 075-561-2263
営業時間 9:00〜
定休日 日曜、祝日(祇園祭宵山は営業)
言語 日本語


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2010年07月27日

最近夢中で読んだ本の話、F・ジロー、ドストエフスキー

F・ジロー、「ピカソとの生活」
この本は、当にこの題の特集をテレビでやっていたので興味を抱いて読んでみたのだ。
F・ジローという人は唯一自分からピカソと決別した人だと言っていた。
自力でピカソの魔力から逃れたのだと言うのだ。それほどピカソには女性を魅了する
存在感と魔力があったのだろう。同時にいろんな女性が出てきて、いろいろな出来事が
当然のことのように起きて行く。そう言う話も面白くはあるが、実際に知りたかったのは
ごく身近にいる人が見ていたピカソの作画のようすだ。
常に大胆で独創的、この世にはないものを初めて世の中に送り続けた人だ。
どうやってたんだろう。
よくわかったのは偶然のものは一つも無いということだ。どれほど抽象的は作品であっても
極めて精密に検討され、作為され、試行錯誤の上に創り上げられたということだ。
あの超絶な色彩と造形の感覚は意図的に計算されたもので、
「えいやあ」、「さっさ」と感情のおもむくままに生まれ出た物ではないと言う事だ。
ピカソほどの天才にしてそうなのだ。
惰性や適当で描かれた線や色は一つも無いのだ。
やっぱり画の道はこうでなくてはいけない。
あらためて感動した。
頑張らなくては。

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ドストエフスキー、「カラマゾフの兄弟ー1」亀井郁夫訳
今回はこの訳者が課題なのだ。
ある人に教えて貰った。この翻訳をした人のドストエフスキーに対する思い入れはすごいと
いうことだ。だからこういう思いでドストエフスキーと対峙している人なら、その翻訳を
是非読んでみたいものだというのだ。
「ならば」と私も読んでみた。
勿論、これほどの名作、青年時代にしっかり読んでいる。
つもりだったが、よく考えたらあまり覚えていない。えらく難解だったという印象だけが
残っている。
読み始めたら、「これはすごい」、まるで別の本みたいだ。
どんどん読める。文章にドライブ感があるのだ。
先へ先へとどんどん読み進めさせるリズムと高揚感が気持ちよくて休むのが惜しい位だ。
確かに、細かい言葉遣いや言い回しが、「こんなんでええんかなあ」と思わないでもない
部分もないではないが、そんな事はどうでもいい。
フュードル、ドミートリー、イワン、アリューシャ、カラマゾフ的人格が眼の前に鮮やかに
立ち上がってくるかのようだ。
さて、一幕の殺人事件の始まり、始まり!

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毎週火曜は最近夢中で読んだ本の話です。
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2010年07月26日

今年も手描きの扇子を創った

今年も夏が来た。えらく暑い。夏は暑いのは当たり前だが、来てみるとやっぱり暑い。
いつもいつも、「毎年暑なるばっかりや、腹立つなあ」と思うが、きっと温度は
それほど大きな差はなくて、がまんできる体力が年々衰えてきているのだろう。
エアコンなしで暮らしていた時代もあったのだ。今から思えば考えられない。
7月も初めの頃は、「出来るだけエアコンつかわんぞ」と頑張ってくらしていたが
「もうがまんできへん」のだ。
ちょっと動いたら汗が噴き出す。まあ、どこに行ってもたいていエアコンがあるから
しばらくしたら汗が収まってくるが、時には団扇や扇子がないと我慢できないこともある。
「そろそろ扇子の季節や」と思ったが、実は扇子がない。
つい先日、親しい友人にあげてしまったのだ。自分で描いた画の扇子だったので貰って
もらえたらこれは嬉しい事だ。
そうなると、又、創らないといけない。
早速描こう。前は、有名な人の画の一部を模写した。それはそれで楽しいし、気に入って
いたが、今度は自前で画面も考えてみよう。
それで雲南に旅した時の棚田の事を想い出した。
諸国一見の旅の絵師が中国は雲南を彷徨って、遥か棚田を眺めている画だ。
「うん、なかなかいい」
自分で行っていればせわはない。
裏に詩を書こう。これは自前ではまだ難しい。
それでは李白を頂こう。
「春日独酌」というやつだ。

東風 淑気を扇ぎ 水木 春暉に栄ゆ
白日 緑草を照らし 落花 散じて且つ飛ぶ
孤雲 空山に還り 衆鳥 各々已に帰る
彼物皆 託する有り 吾生 独り依る無
此の石上の月に対し 長歌して芳菲に酔はん
中華飲酒詩選ー青木青児著より

書いていると気持ちよく酔っ払ってきたわい。

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2010年07月25日

和歌山、粉河に行った

ちょっと前になるが、画の老師にさそわれて、
「和歌山に行かへんか」
「ええですよ。何があるんですか?」
和歌山にも昔からの画の教室があるのだ。
今回は、○○と△△と□□と××と・・・・といろいろ兼ねて懇親会やるんや。
「えらいいろいろ混ざってますなあ」
まあ、いつもお互いに適当やから御題目はどうでもいい。
「場所は?」と聞くと、粉河だという。
「懐かしいなあ」私は和歌山出身だから粉河は何度も来た事がある。
一旦和歌山駅まできて、そこから和歌山線に乗り換えるのだ。紀ノ川に沿って上って行く。
いまだに単線の長閑な列車だ。
「けっこう時間かかりますなあ」、「40分くらいかかるで」
龍門山が見えてきた。
このあたりでは姿のいい大きな山だ。今はあまりみないが、一時期はハンググライダーの
名所であった。確か世界大会なんかも開かれたと思う。
その時事故があって死人もでたのでだんだんすたれて来たのだろう。
その後はパラグライダーだった。いつもこのあたりを通ると空からハンググライダーやら
パラグライダーやらいろんなものがふわふわ降りてきたものだった。
もっと昔の想い出がある。高校時代だ。
友達と変に粋がって、「遠足なんかさぼろうで」、「そんなんできるんか?」
「やったらええやんか」、「わかった、どこへ行く?」大した事も想いつかず
「龍門山でも行くか?」
かわいいもんだ。内緒でミカンをもいでたべた。
この駅をおりると思わずにやりとした。

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2010年07月24日

祇園祭前の八坂神社あたり

ちょっと用があって、祇園祭前の八坂神社のあたりを歩いていた。
かね正の鰻の話とは別の日だ。
ということは最近かなり京都に来ているということやね。
「今日はえらい暑いなあ」
祇園四条の駅から歩いていると、やたら浴衣姿の女性の団体に出会う。どうも普通の団体では
なくて、粋なすじの団体なのだろう。
周りの人が一生懸命カメラで撮っている。本格的に三脚を据えて撮っている人もいるくらいだ。
「祇園祭の季節なんやなあ」
八坂神社というのは花見では時々来た事がある。しだれ桜が綺麗なところだ。
はずかしながら祇園祭は見に来た事がない。あまりの人出を思って敬遠しているのだ。
素戔男尊(スサノオノミコト)を祀っているそうだが、そう言えば難波八坂神社というのが
あってここも素戔男尊を祀っているそうだから何か由来があるのだろう。
そんな事はどうでもよくて、祭は楽しければいい。
いろんな鉾がでて、賑やかで楽しそうだ。
今ちょっと能に興味を持っているが、鉾はその能楽/謡曲からとられたものが多いのだそうだ。
「芦刈山」、「白楽天山」、「橋弁慶山」、「木賊山」などなど沢山あるという。
世阿弥の能ができたころは町衆文化華やかな頃だったろうから結びつきは十分なっとくできるが
神代の時代とどう結び付くんやろ。
「それにしても最近このあたりをよく通るなあ」
こないだ2年坂、3年坂、清水寺に行った時もここを通った。
東大路通りの大きな交差点だ。階段も大きい。
「ちょっと写真でも撮っととこう」先客がいる。
交代、交代で一番ええ場所をしっかりとってなかなか場所があかない。
「まあええけど」
門の中では屋台ででて商売してはる。こんな暑いのに。
四条大橋まで戻ると、川べりは川床料亭の縁側が沢山並んでいた。

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2010年07月23日

13年半モノのプーアアル茶

昨年このブログで12年モノのプーアル茶を深センで買ってきた話をした。
それからもう1年半経つから、12年モノは自動的に13年半になったわけだ。ほっときゃどんどん
値打ちが上っていく。(ほんまかいな?)
といいながら時々飲んでいるので、値打ちが上がるのが先か、無くなるのが先かどっちか
わからないのだ。
それと、最近、鉄瓶に凝っている話もした。
殆ど毎日鉄瓶で湯を沸かして何らかの茶を飲んでいる。鉄瓶の為でもあるが、私の為でもある。
それで鉄瓶の育成作戦を進行中だし、鉄分を飲むと体にいいのだ。
心なしか最近体の調子は絶好調だ。
しかも、鉄瓶の茶は、烏龍茶よりは緑茶やプーアル茶に向いているという。
ならば、プーアル茶でも試してみないといけない。
「ゴリッ、ゴリッ」結構硬いのだ。ナイフかなにかで綺麗に切ればいいのだろうが、めんど
くさいから手で割ろうとすると結構難しい。どうしても取り過ぎになる。
「さあ、味はどやねん」
「にがっ」
という程でもないが、かなり濃い。
やっぱり入れ過ぎだった。かなり控えめに入れないと濃すぎることになる。
飲めない事はないが、こんなん飲んだら寝られへんくらいだ。
しかし、捨てるのはもったいないので薄めながら飲もう。
・・・・次回。
「こんどはokや」
なかなかおいしい。これくらいやとちょうどいい。
色は真っ黒でどっちかというと気持ち悪いくらいやが味はまろやかだ。
甘みが強い。
しかし、1年半分おいしくなったかどうかはさっぱり分からない。
もう4、5年せんとわからんのかなあ。
そんなには持たないやろう。次はブレンドで使ってみよう。

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2010年07月22日

John Coltrane / Blue Train

先週はちょっとどっきりジャケットのCOOL STRUTTIN'/SONNY CLARKの話をした。
やわらかい管の音と軽いノリが心地良い。
それで調子にのって、もうちょっときついのが聞きたくなった。
ビールから焼酎に切り替えるようなものだ。ウイスキーやウォッカ、バイヂュウにまでは
行かない。あくまでも焼酎レベルだ。
それでコルトレーンだ。初期のやつ。コルトレーンは段々、求道者になっていく。ウォッカ、
バイヂュウどころではない。今はそこまではいらない。
ちょうどいいのがあった。「Blue Train 」というやつだ。
メンバーは最強だ。
ジョン・コルトレーン(ts)、リー・モーガン(tp)、カーティス・フラー(tb)、
ケニー・ドリュー(p)、ポール・チェンバース(b)、フィリー・ジョー・ジョーンズ(ds)
こっちはステレオだ。
「おおっ、突き刺さる」
ジャケットをわからないながらも読んでると、「鋭い」とか「激しい」とか、「刺すようだ」
とか「突き刺さる」とかエモーショナルとかの表現が並んでいる。
明るくて元気がある。
後年のモノほどキツくはない。うなだれながら恐れ入って聞かなくてもいい。
軽く体をゆらしていればいいのだ。
曲名はこんなの、
1. Blue Train
2. Moment's Notice
3. Locomotion
4. I'm Old Fashioned
5. Lazy Bird
50年代後半の録音とある。もう半世紀前やで。
しかし、ええもんはええなあ。

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2010年07月21日

京都四条、「かね正」の錦糸丼

ちょうど南座の端の信号を向かい側に渡って、北に上って行く。信号がある道だが、中に入ると
広くはない。狭いわけでもない。地図を見たら簡単にわかりそうだ。すたすた歩いていたら、
「おっと通り過ぎたかな」ちょっと戻ると、
「あった」、「この奥です」と書いた看板がある。「えっ、こんなとこかいな」
「なかなかええ感じやんか」うれしくて思わずにんまりした。
「こんなとこ大好きや」路地の入口を入ると真っ暗だ。そのまま奥に進む。
ますますええ感じや。そのはずれに店があった。店まで着くと、綺麗な良い店だ。

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中に入ると3組程の客がいる。満員ではない。
カウンターが空いていたので、「ここいいですか」
さっそく、錦糸丼を頼む。錦糸卵は大好きなのでちょうどいい。
注文したら、鰻を刺した串を持って焼きに入る。だから30分は十分かかる。
だが、カウンターやから他人の分を焼いているのを見るのも楽しい。
時々裏返しながらじっくり焼いている。炭火ではないが丁寧にやいている。
その人の分が焼きあがりつつあるみたいだ。
まな板のうえに錦糸卵が「どんっ」と乗った。「えらいぎょうさんあるなあ」
鰻にタレをつけて、最後の焼きに入っている。
ごはんを丼に入れて、それに丁寧にタレをまぶして馴染ませている。
鰻のタレで食べると言うより直接ご飯にもタレをかけているのだ。
焼きあがった鰻を串から外し、ご飯に載せる。もうタレはかけない。
そして、錦糸卵をたっぷり全部載せてしまう。中が見えない。
「はい出来上がり」私のところにはこない。当たり前だ。
それを幾つか、本を読んでいるふりをしながらしっかり見送って、「つぎはわしのや」
「さあきた」
旨い。錦糸卵は味をつけすぎていなくてちょうどいい具合だ。
「味がたりないようなら」とタレを置いていったが、全く必要がない。
卵の奥の鰻は、「カリッ」としている。タレでべたべたしない。
ご飯にはしっかりタレがからまっておいしい。
一口、二口は京風に薄味のような気がしかけるが、実はそんな事はない。しっかり味は
ついている。
鰻丼というには鰻は少ないが、昼飯にはこれくらいがちょうどいい。
「今日は、ええもん食ったわ」

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店名 「かね正」
ジャンル 鰻料理
住所 京都市東山区大和大路四条上る常盤町
   (祇園郵便局北側路地西入る)
電話 075-532-5830
営業時間 昼 11時半から2時まで
     夜 5時半から10時まで
定休日 木曜と日曜日
メニュー 日本語
言語 日本語
おすすめ 錦糸丼

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2010年07月20日

最近夢中で読んだ本の話、鈴木牧之、田代慶一郎

鈴木牧之、「北越雪譜」
図書館に注文していたこの本がもよりの館に届いたとメールが入った。急いでとりに行った。
「古い方と新しい方のどちらがいいですか」もちろん古い方がいいに決まっている。
古い方は間違いなく旧漢字だし、旧かなづかいだ。著者名も右から左に流れているではないか。
古びている方が味がよい。
大分前のブログで新潟、塩沢の酒、鶴齢を紹介した時、「北越雪譜」が書かれた土地でできた
酒とあった。それで興味を抱いて読んでみたのだ。
これは素晴らしい本だ。酒を飲みながらじっくりと味わうに足る本なのだ。
画もいい。挿絵というより一幅の画だ。京水百鶴とある当時有名な絵師だったのだろうか。
昔、北越が今よりもはるかに雪が深かった時代の話だ。
1年の半分近く雪のなかにひっそりと暮らす日々のなかでおきたさまざまな逸話を拾い集めて
一幅の画にもし、お話にもしながら綴りあげたものだ。
ここは鮭が産卵にくる地でもあった。例えば、雪凍る真冬の夜、病気の母の為に、鮭をとろうと
苦心している夫の様子を見にいった妻が、さぞ寒かろうと川からあがってきた夫の為に松明を
2,3本残しておいた。ところがその愛があだになって、その松明が、夫の命綱を焼き切って
しまったのだ。夫は行方知れずになってしまった。
この地は雪がつもると田も畑も一面真っ白でどこになにがあるかわからなくなってしまう。
そんな時でも、手慣れた百姓は、あやまたずに自田のこえおけを一瞬でさぐりあててしまうのだ
そうだ。
かき氷の元となったけづり氷の話、天麩羅というものを考え出したという話、小千谷ちぢみの話。
楽しい話が一杯だ。
峨眉山から流れ着いたという、峨眉山の道案内標識の話まである。中国からはるばる流れ着いた
というまことしやかな話も伝わっているのだ。
おもろいおもろい。

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田代慶一郎、「夢幻能」
加藤周一の映画、「しかし、それだけではない」を見ていた時、「夢幻能」が出て来た。
何で夢幻能がでてくるんやろうと気になって、夢幻能の本を読んだのだ。
夢幻能というのはこの世とあの世の交錯する世界を創ったものだった。
世阿弥の頃の幽霊は後の世のおどろおどろしい妖怪もどきの存在ではなくて満たされぬ魂の
ようなものであったらしい。薩摩守忠度が和歌の師、俊成に認められその歌を勅撰集に採用
されながらも、平家であることを憚ってよみ人知らずとされたのが彼の怨念であった。
ワキが現れる。諸国一見の僧、実は俊成ゆかりのものだ。旅の空、たまたま(実は霊のみちびきで)
ゆかりの地に行きあたる。村人がシテとなって現れる。
たちまち辺りの空間は夜になり、時空がつながって忠度の霊があらわれる。
そして、俊成の子、定家に読み人の名を記すよう頼んでくれと懇願する。
是非、本物の能を見てこの夢幻時空の世界を体験してみたいと思っている。

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2010年07月19日

ガラード401、アイドラー交換

「うんこらしょ、あかんわ、持ちあがらへん」
久しぶりにレコードプレーヤーの中を見ようとした。
アナログの愛機ガラード401であるが、もう買ってから30年以上たつだろう。その間、箱の裏蓋を
明けて中をみたことなんて数えるほどだ。というより、アームをつけるのに手古摺って1,2度
あけてみただけという記憶しかない。かなり先日、いつも私のオーディオの面倒を見てくれている
友人と会った時、「そろそろ、プレーヤーのアイドラー交換しといた方がええんとちゃう」と
言って、交換部品を預かったのだ。ゴムのアイドラーで接触させてまわしているのだから減るのは
当たり前なので、「それはもっともやなあ」と納得したが、しばらく忘れていた。
それで、ある日想い出して、「さて、換えてみよう」と思ったが、プレヤーの回転台を引っ張っても
なかなか上に上がらない。裏蓋をとって換えるんやったら面倒やなあとまたほっておいた。
それでも気になって、友人にメールすると、回転台を引き上げるしかないという。
「ならば」と一生懸命引き上げてたら、何かのタイミングでするっと上った。
中をみると随分シンプルだ。やっぱり、「良いメカは美しい」
こんどはアイドラーをどうやってこうかんしよう。
それもよくわからない。またメールだ。「上がねじになってるでしょう」
なるほど、真鍮をカシメているように見えていたがよくみるとねじの頭になっている。
簡単にとれた。
「さすがだ。音も素晴らしくなった」
かどうかは全く分からない。
しかしまあ、30年以上使い続けて、確かに毎日、毎日聞いて使い込んできたわけでないが、
時間がたつだけでもいろんなものが劣化するはずやのに、未だに殆ど手をいれなくてもきちんと
うごいているのは大したものだ。
アンプのスイッチを順番に入れる。プレーヤーの蓋をあける。
だんだん気持ちがもりあがってくる。
「さあ聞くぞ」レコードのジャケットをしばし眺める。
静かに回転台に乗せる。手前のスイッチレバーをONの方に捻る。この「捻る」という操作も
アナログぽくっていい。捻りとともに「カチッ」という確かな感触と控えめな音が鳴る。
回転台が静かに回り始める。音もなくだ。そして、カートリッジアームを持って、カートリッジの
蓋を外す。
アームのレバーを持って静かにレコードの端に移動させる。そっとレコード盤の上に置く。
この時、意識しないでさりげなく、しかもさっと手際よく載せるのがコツだ。
意識してしまうと、「がりっがりっ」とカートリッジがあばれる音がする。
まあ、しょうしょうはかまわない。
「シャー」というレコード独特の低いノイズがながれて、音楽が始まる。
アナログの世界だ。
「ええなあ」いつまでも長持ちしてほしい機械たちだ。
おっと終わりに気をつけて、アームをもちあげないと、また「がりがり」っと言わせてしまう。
全然自動化されてないのだ。

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毎週月曜はこだわりのモノの話です。
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2010年07月18日

三年坂から清水寺へ

さて、三年坂美術館から外に出た。ここは桟寧坂ともいわれるそうだ。むしろ産寧坂が
本当なのかもしれない。しかし、二年坂があって、三年坂があったらこっちが本物に
思えるがどうなんやろ。まあどっちでもいい。それがわかっても何も起こらない。
三年坂は二年坂より急だ。ここまで来たらぐいっと上ってみよう。
登り口の柳がきれいだ。
登りきったら、道が分かれている。
どっちに行こう。左にまだ登りの道がある。その上に塔が見えている。
「きっとあれが清水寺だろう」
暑いし、結構面倒になったから帰ろうかとも思ったが、折角来たから清水寺までくらいは
行ってみようと、又登り始めた。
こんどは、門前商店街だ。
観光客相手の売り込みがやかましい。
「この○○はここしかないですよ」
「ここに来たらこれ買わなあきませんよ」
門まで着いた。おおきな階段がある。
あちらでもこちらでも記念撮影をしている。当たり前だが殆どが観光客だ。
そのまま門をくぐって上に上がる。
和服の人が何組かいる。
「さすが京都やわ、この暑いのに和服きてはるわ」
と思ってよくみると、どうも日本人ではない。中国の女の子らしい。
観光客用に貸し和服があるのだろう。そういえば、前に上の駅で和服を着ている中国人
の女の子を見た事がある。
「中国の女の子には人気なんやろなあ」
先に進むと所謂「清水の舞台」のところに来た。
「なんや有料かいな」
清水寺は昔来た事がある。金払ってまで又入る程の事はない。
「外から見て帰えろ」
引き返して、坂を下りると先ほどの分かれ道にきた。
「どの道を降りよ」と迷ったが、さっきと違う道にしようと思って、一番左を下り始めた。
下って行くと、ずっと先に京都タワーが見えるではないか。
「この道行ったら遠すぎるわ」
又登り返して、前の道との真ん中を降りていった。
降り切ったら結局は元の道にでた。
それはそれでいいのだ。

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2010年07月17日

三年坂美術館、「小村雪岱の世界」

街の中で美術展のポスターが眼についた。
「小村雪岱の世界」というやつだ、確か、前にテレビでみたことがある。
花街の風景などを斬新な視点で切り取った画を描いている。
小説の挿絵なども多いようだ。
「それでは行ってみるか」
祇園四条で降りた。ここからなら歩いていけるだろう。
暑い日だった。駅から地上に出て、観光客が歩いている祇園のあたりを八坂神社まで行く。
そこから東大路を右に曲がるのだ。道の向こう側だから、信号を渡っておこう。
道は大きく曲がりながら下っている。てくてくと15分ほど歩いたら、外人の観光客
が多くなってきた。
「ぼちぼちやな」と思いながら左を向くと、坂がある。
登り坂だ。その先に塔が見える。
「多分2年坂に行く道やろ」と思いつつそこを左に曲がる。
坂の両側は京都らしい町並みだ。外人さんが記念写真を撮っている塔の横を抜けて
行くと、坂は右に曲がって更に登っていく。
清水寺は上にあるから登るのは当たり前だ。でも暑いからしんどい。
「これが2年坂か」
両側は土産物屋とか食べ物屋とかが並んでいる。
「えっ、もうついたか」
すぐに「3年坂美術館」があった。
「暑いですなあ」と言いながらチケットを買うが、あまり相手してもらえない。
向こうは冷房の中にいるから暑くないのだ。
この美術館、工芸品の常設展もあるので前からちょっと気になっていたのだ。
しかし残念ながら今回はお目当てのものがなかった。
肝腎の小村雪岱の世界。
「なかなかええもんやなあ」
視点や画面の切り取り方が勉強になる。
しかし「こんな繊細な画は絶対よう描かんなあ」
すごいけど路線がちがう。

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2010年07月16日

泡盛、「大琉球国」

「大琉球国」と書いてある。えらい大層な名前だ。
名前だけでも期待を持たせる。メーカを見て見ると、ヘリオス酒造とある。
こんな洋風の名前で大丈夫かいなと思うが、試してみよう。
8年古酒とある。古酒ならええやん。しかし、25度だ。古酒にしても薄めてんやなあ。
まあしかし、うまい。泡盛特有の癖は少ない。その分、強い度数からくるパンチは少ない。
しかし、古酒がベースになっているのでまろやかだ。
先週も書いたように最近はビールを基本にしているので、たまにこういうのを飲むと
「うまい、うまい」とつい沢山飲んでしまうのだ。
これだったら、薄めてないやつはもっとうまいやろうなあ。
やっぱり酒は生のままに限る。
そういえば、こないだ読んだ本に生のままの酒を飲んで喜んでる詩があった。
白楽天の詩だ。
こういうやつ。

黄醅の新酎を嘗めて微之を憶ふ 白楽天

世間の好物 黄醅(バイ)酒
天下の閑人 白侍郎
卯時に向って洽(カフ)楽を謀るを愛し
亦た曾って酉日に麄(ソ)狂を放つ
酔い来って麹を枕すれば
貧しくも富める如く
−中華飲酒詩選 青木正児著 平凡社 東洋文庫より

天下の閑人になりつつあるから、麹を枕に貧しくも富めるが如く暮らすとするか。

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毎週金曜は酒や茶に関する話です。
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2010年07月15日

COOL STRUTTIN'/SONNY CLARK

友人からメールが来た。
「COOL STRUTTIN'のレコードある?」という話だ。
「おかしいなあ、確かに借りてたけど返したはずや」と思いつつ、探してみた。
「あった」
恥ずかしながら他のところに混ざっていた。
「貴重なレコードやから大事にせなあかん」
それで懐かしくなって、又聞いて見た。
「あれ、音が片チャンネル出てないなあ」、「アンプがおかしくなったんかな?」
いろいろ触ったがそうでもない。
「なんやモノラル録音なんや。初期のブルーノートの分厚いレコードだ。
このレコードもええ値段するやろうなあ。
「やっぱりええなあ」続けて2回聞いてしまった。
曲は、
COOL STRUTTIN'
SIPPIN' AT BELLS
BLUE MINOR
DEEP NIGHT
メンバーはこうだ。
ART FARMER,trampet;JACKIE McLEAN,alt sax;SONNY CLARK,piano;
PAUL CHAMBERS,BASS;"PHILLY"JOE JONES,drums
昔懐かしいジャズの王道だ。
このレコードジャケットもなかなかおしゃれだ。「COOL・・」と題がついているだけ
ある。ちょっとドキッとする目線だ。
「こんな風景どっかでみたことがある」
上越新幹線かなんかで、2階だての1階席の窓側に座っていた、上野駅のホームで
つい外を見たら、こんな感じ。
「どきっ」やね。

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毎週木曜は映画、音楽、書画に関する話です。
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2010年07月14日

九条のアジアめし、「アドゥマン」

「今日は開いてるやろなあ」、前に名前につられてお昼を食べに来た時は閉まってた。
「おかしいなあ」ビラに書いてある開店時間をすぎてたけどまだだった。
しばらくして又とおったら開いてたけど、もう遅い。食べたあとだ。
それで、ここに来るのは宿題にしておいた。
有る時友人と食事をする機会があって、その友人とはアジアの各地でアジアめしを
一緒に食った仲だから、
「ええとこあるで」と誘うことにした。
店は座敷だ。靴をぬいであがる。
店はアフリカ風にしたつもり?
料理はタイ風?ベトナム風?インド風?
名前通り怪しい店だ。こんな店大好きだ。
さて何食べよ、メニューを物色。
「先にアドゥマン焼と○○サラダ(名前忘れた)、トムヤム鍋下さい。足らんかったら
又、頼むから」
「パクチーは大丈夫ですか?」
「勿論。大好きやから、一杯入れて!!」
台風の味付けが基本のようだ。
あの甘酸っぱ辛い味がなつかしい。
アドゥマン焼というのは、鶏肉を甘酸っぱ辛くつけやきにしたもの。
サラダもさっぱりしているがやはり甘みと酸味と辛味がある。
やっぱりナンプラーのようなものが入っているのだろう風味もあって美味しい。
ビールを飲みながら機嫌よく食べていると、鍋が来た。
トムヤム鍋と言うくらいだからこれもタイ風味だろう。
しかり、えらい多いやないか。鍋から溢れそうや。
「こんなん、食べきられへん」
アジア話に花が咲いて、気が付いたらえらい満腹になっていた。
他の料理を頼む余地もなかった。
ここの怪しさは気に入ったなあ。又絶対来よう。

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店名、「アドゥマン」
ジャンル アジアめし
住所 大阪市西区九条1-11-10
電話 090-6556-0141
営業時間 ランチ 11:30-16:00 ディナー 18:00-24:00
定休日 日、祝日
メニュー 日本語
言語 日本語

毎週水曜は食べ物に関する話です。
ラベル:B級グルメ
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2010年07月13日

最近夢中になって読んだ本、ロバート・カーソン、伊坂幸太郎

ロバート・カーソン、「46年目の光」
これはすごい本だ。最初は、いわゆるサクセスストーリーとか根性モノ、様々な困難を
克服して奇跡を起こした男の物語りと受け取っていた。
だって副題は、「視力を取り戻した男の奇跡の人生」と書いてある。
確かにそういう話でもある。しかしそれ以上に、「人間の眼」というものの素晴らしい
働きを解き明かしてくれているのだ。
よくえらい坊さんとか、まじない師とか、魔法使いとかがあらわれて、眼が見えない人
に触れたらたちまち眼が見えるようになったとかいう奇跡の話があって、そんなすごい
こともあるもんだと信じる人も信じない人もいるが、そんな話は全て、眼が見えるように
なった時点で、眼が見えていた人と同じになるという事があたりまえの前提になっている。
しかし、実は違うのだ。物理的に眼が急に見えるようになっても、眼が見えている人と
同じ対象認識はできていないのだ。
ただ光が平面的にどっと押し寄せてきて何が何やらわからないのだ。
何かの輪郭と認識したり、それがモノなのか動物なのか顔なのか手なのかを理解したり
奥行き感、立体感で全体を見渡したりという働きは全て学習によるものなのだ。
眼が見え始めてからずっと、脳の中のニューロンと視覚が協力しあって人間の「見える」
という機能を完成させていくのだ。
もし、生まれて早いうちに視力を失って、何十年もその機能を使わなかったら、それに
携わるニューロンは別の用途に割り当てられてしまって、再び見えるようになっても
学習する機能が失われてしまっているのだ。
したがって、見えるようになったことが、「モノを見て暮らす」ことにはつながらない事
が多いのだ。
やっぱり人間はすごいのだ。
「モノを見る」というのは学習だったのだ。

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伊坂幸太郎、「アヒルと鴨のコインロッカー」
これって推理小説の一種なのか?
なかなか面白い。楽しい本だ。
ブータンは仏の国。祈りの国。争いは無い?
誰もが生まれ変わりを信じている?だから死ぬのは怖くない?
「あんなやつらは鳥葬にしてしまえ」
「鳥葬って殺し方じゃなくて、死んだ後の弔いかた」
さて、何がおこるのでしょう。
あなたは、あした本やを襲いますか?日本人より日本語がうまいガイジンと。

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毎週火曜は最近夢中で読んだ本の話です。
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2010年07月12日

馬場万のショルダーバッグ

リタイア暮らしに入ると、書類カバンを持ち歩く事がない。ちょっと寂しい。
愛用の馬場万の書類カバンも長らくつかっていない。折角ずっと使いたおして、味がでて
きたところなのに残念ではある。
今の暮らしではショルダーバックが便利だ。財布とかカードとか手帳とかデジカメとか
身の回りのものをガサッと入れておくのだ。
前から旅行用にショルダーバックを使っていたが、ブランドものだったのでどうせ日常使う
のなら、使って味がでるものにしたいと考えた。
それで又、馬場万に行ってみたら、ちょうど良いショルダーバッグがあるではないか。
さっそく注文したが、それでも3カ月ほど待たないといけない。
楽しみに待っていたら、ご主人が病気とかで更に1カ月ほどまってやっと手に入った。
なかなかええ具合だ。
フタがついているだけではなくて中央部がチャックになっているので、財布とかカード
とか貴重品はここに入れるといい。
あけてすぐのポケットに手帳とかデジカメを入れておくと要る時にすぐにだせるから便利だ
奥のポケットも文庫本などをいれると使いやすい。
使い始めて最初この頃、ちょっと違和感があった。肩ひもの肩のところが少し幅が広すぎる
感じなのだ。それで下げ易いと言えるが、ちょっと掛けておこうと思うと、ちょっとした
ものにはひっかからないのだ。例えば、外でトイレにはいって、カバンがじゃまなので
ひっかけておこうと思っても掛らない。これが意外と不便なのだ。それで馬場万さんに
持って行くと、簡単に幅を狭めてくれた。
こういうところが手作りの自由がきくところだ。
後は使い込んで味をだすしかない。時々ワックスをかけて手入れをおこたらないように
しよう。ちゃんと手入れしていると少々雨にあっても平気なのだ。
使い始めてから大体1年くらいたつ。まだまだ味が出るには至らない。これからだ。

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店名、「馬場万鞄店」
ジャンル、手縫鞄
住所 大阪市中央区東心斎橋1−12−3 協栄ビル 1F
電話 06-6282-9114
営業時間 am11:00-pm7:00 am11:00-pm5:00(土曜)
定休日 日曜、祝日

毎週月曜はこだわりのモノの話です。
posted by さかな at 00:00| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | マイフェバリットシングス | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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