2011年01月01日

あじあんじゃんくしょん2に移動しました

このブログは2010を持って一旦終了とさせていただきます。
長い間ご愛読ありがとうございました。
続きは、「あじあんじゃんくしょん2」をご覧いただけるようお願いいたします。
相当前から並行運用してましたのでお気づきのかたもおられると思います。
このブログの過去分は順次、「あじあんじゃんくしょん2」に移していきます。
まだ、移行していない分に関しては面倒ですが、このブログに戻ってごらん
いただけるようお願いします。

「あじあんじゃんくしょん2」
と友人の
「上海茶館」
両方の検索サイト
「雲海倶楽部」
を今後は宜しくお願いいたします。
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2010年12月25日

京都、深草、石峰寺

早いもので今年もあっという間に年末になってしまいました。
さて、皆さまにご愛読いただいています、「あじあんじゃんくしょん」は
今年一杯で閉じてしまう予定です。
来年からは、「あじあんじゃんくしょん2」をご愛読いただけますようお願い致します。
実はかなりの期間、両ブログを並行運用しながら、「あじあんじゃんくしょん」の
過去データを「あじあんじゃんくしょん2」に移行する作業を続けていました。
全部ではないですが、或る程度はできたしいつまでも並行運用は面倒なので、年末を
機会に移行してしまうことにしました。過去データは引き続き移行作業をつづけますが
それまでは過去データをお読みになる場合は面倒ですが、「あじあんじゃんくしょん」
でご覧いただきますようお願いします。
これからも、「あじあんじゃんくしょん2」を宜しくお願い致します。

前から行きたくてなかなか行けなかったところがある。
京都、深草にある石峰寺だ。
遠いわけでもないし、分かりにくいわけでもない。行きたいと思いつつ
忘れていただけのことだ。それで突然想い出して、無性に行きたくなった。
何故かと言うと、若冲がアレンジした石仏があるというのだ。
若冲が直接、石を彫ったわけではないが下画は全て描いたと思う。
ちょっと小雨模様であったが、京阪深草の駅を左手、山手の方に出ると
すぐに案内の看板があってありがたい。
左に曲がってから細い路地をまっすぐ行くと、山をちょっと登ったあたりに
寺の山門が見えてきた。
近くまでくると長い石段がある。なんのこれしきと上って行くと、
中国風の赤い塗り壁の山門がある。
「珍しく派手な山門やなあ」
中に入ると、「石仏五百羅漢」とあるから、「ここや、ここや」間違いない。
「撮影禁止って書いたあるで」、「何で?」何が痛むんやろ。
「著作権かなあ?」ようわからん。
とにかく行こう。その路地を入る前に、「若冲の墓って書いたあるで」
「ほんまや、是非参っていこ」、「天才にあやからなあかんもんなあ」
山道の戻って、少し登ると石仏群が現れた。
五百羅漢というだけあって、えらい沢山ある。
「これはええなあ」道の右下の方、殆どくずれかけた石仏が数体身を寄せ合っている。
布袋腹をだしたおじいさんのよう、気の良いとなりのおじさんのよう、赤子を抱いた
おかみさんのよう、年月にゆるゆると磨滅されて土に還りそうな今になって天から命を
もらったかのようだ。
托鉢の僧たちもいい。顔のようなかたちの中に、すこしのくぼみがちょんちょんと
あるだけで目とわかり、鼻もあり、口を閉じて祈っている僧もいれば笑っている僧も
いる。ずらずらずらとどこまでも並んでいて楽しい。
時の経つのを忘れそうな空間がここにはあった。

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2010年10月31日

作品展の季節

最近街を歩いていると、よく作品展のポスターを見かける。
個展であったり、○○カルチャーセンターなどの作品展だったり
プロだったり、アマだったり、いろいろだ。
やっぱり芸術の秋だ。これまでの成果をいろいろな形で発表する
という機会がおおいのだろう。
美術館、博物館の超有名人の国宝的作品を鑑賞するのは勿論勉強に
なるし心のやすらぎにもなって、機会あるたびに行く事にしているが
こういうミニ展もいいかもしれない。ちょうど手元に一つ貰ったのが
あったので行ってみた。全く偶然手に入ったので何の関係もない人達
の作品展だったが、なかなかよかった。
皆さんいろいろな場所で自分を磨いているのだ。
私もがんばらなくてはと元気がでた。
それで、家に帰って、何か描こうと思って考えてみたが、
なかなか浮かんでこない。それなら、えらい人の模写をやろうと
いつもの石濤の画集を出して来た。
気に行った小品があったので写してみた。
といってもわずかに気分がまねれたら上出来としないといけない。
今、道元禅師の本を読んでいるが、そこに出て来る蘇東坡の詩の
気分が出てたらいいなあ。

渓声便ち是れ広長舌
山色清浄身に非ざること無し
夜来八万四千偈
他日如何が人に挙似せん

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2010年10月30日

時代祭

先日、水墨画を習って帰る途中、三条通りを東大路のあたりまで
来たら、えらい騒がしい。警官がきて交通制限をしている。
「何やろ」と覗きにいった。
南北の通りを封鎖して三条通りを一気に通れるようにしているのだ。
「何かくるな」と思って見ていたら、大名行列がやってきた。
「あっ、今日は時代祭の日や」と思いだした。
京都に3大祭があって、葵祭と祇園祭はもう終わってしまったが、
どの祭も今まで一度も見た事がない。見たい気持ちはあるが、
わざわざ出て来るのが面倒で今まで来てなかったのだ。
今日はたまたま出会わせてラッキーだ。
犬も歩けば棒にあたる。
「なかなか終わらんなあ」
一つの行列でもかなり長い。今は江戸時代の行列だから、始まった
ばかりだろう。ここから、安土桃山、室町、鎌倉・・・と続いて
平安遷都の時代までいくとなるとかなりのものだ。
やってるひともここまでくると結構疲れが見える。
馬も退屈そうだ。
分厚い女性の化粧もはげそうだ。
「頑張ってください」とはおもうが、いつまでも見てられない。
来年は他の祭も見て見よう。

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2010年10月24日

公共施設も機械化されている

最近ウォーキングをしていて面白いものを2点見つけた。
1つは川の水面監視装置だ。
カメラのようなセンサーのようなものが小川の水面に向かって設置されている。
これであちこちの水位をどこかの役所に集めて異常がないかチェックしえいるの
だろう。このすぐ側は公園で、その公園の中の池が多分、異常増水した時に一旦
水を貯めて増水分を吸収するしかけになっているのだろう。それで、放水が
必要になった時にこういう情報が使われるのだと思う。
つい先日も奄美大島で集中豪雨があったばかりだ。こういう社会システムで
異常をいち早く検知して市民に知らせてもらえるとありがたい。
しかし昨今の異常気象はこういう社会システムの想定の上を行っているのだ
そうだ。検知も緩衝もなすすべもなく一気に洪水につっぱしるのだ。
恐ろしい世の中になりつつある。
もう1つは街頭緊急通報システムだ。
最近はこどもに対する犯罪がたくさんあるし、ひったくりなども増えている。
街かど犯罪が多いのだ。
むかしはカツアゲとか恐喝とかいう言葉をよく聞いたが、最近の悪いやつは
そういう時間もおしいのかいきなり盗ってにげるのだろう。
ストーカーの話題も多い。
昔は、「恋しい彼女の帰りを待ちぶせしてなあ・・・」とかほほえましい話題
にしていたがいまでは立派な犯罪だ。
こういうものが沢山できて少しでも暗い話を減らしてほしい。
それはいいが、ウォーキングをしていて少々気になるのは、トイレが少ないと
言う事だ。公園はわりとあるが、トイレのある公園は少ない。
まさか、散歩中のよその犬と並んで用をたすわけにもいかない。
コンビニに走り込むのも一法だが、少々抵抗がある。
腰を浮かせ気味にツンツン立ちしつつ家に帰らないといけないのだ。

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2010年10月23日

小学校に火の見櫓

京都の街を歩いていると、面白いものにぶつかることがよくある。
戦災にあっていないから、古いものが残っているのだ。
今回の成果は火の見櫓だ。
小学校の横をあるいていたら、看板があった。何か由緒を書いたような看板
だったから読んでみた。なんと、この小学校に火の見櫓があるというのだ。
ちょっと下がって見上げてみると、なるほど上の方が櫓になっている。
昔は各小学校にあって、太鼓で時間を知らせたり、火事を発見したりしたのだ
そうだ。
なるほど、よく古い小説で、「ドン」が鳴ってとかいうのは、このことなのか。
私の田舎は和歌山だが、小学校に櫓があったというのは聞いた事がなかった。
昔は、田舎だと、村の真ん中あたりに高い櫓があったような記憶が薄らとある。
火事があったり、大雨で川が決壊したりしたときに上にのぼって、半鐘を衝いた
のだそうだ。
今では川の治水工事は殆どどんなところでも万全になっているので、聞かなく
なったが、昔は台風が来て大雨が降るとかならず大きな川が決壊したのだった。
子供の頃住んでいた家には、軒下まで水の跡があった。
それで台風が来たら、洪水にそなえて、両親がいつでも避難できるよう、必要
な荷物もまとめているのを体を硬くして見ていた。
もう今ではそんな心配はなくなった。
と思っていたら、最近はゲリラ豪雨とか言って、局部集中豪雨が多発したり
するので街中でも危ない場合があるのだ。
いつまでたっても安全にならない。
この櫓をみて思ったのは、いつも何かあると我々はテレビをみて、画面の中
で見えるものでいろんな判断をしているが、時には、火の見櫓みたいな所に
登って、全体感でものを見る人も必要なのではないかと思った。
その方が今ある危機に対して直感的にどういう行動をとったらいいか分かり
やすい場合があるような気もする。
ハイテク、機械化ばかりで失っていっているものもあるのではないだろうか。

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2010年10月17日

彼岸花が咲いていた

毎日歩いていると、田圃の様子が季節ごとの移り変わっていくので面白い。
田植えの準備で田地を整えて、水を引き水を張る季節があった。
その田植えが終わると、田圃は緑一色になって、いかにも爽やかだ。
そのまま2か月、3か月と緑が成長して、だんだん黄色くなっていく。
黄色の中に稲の粒が見え始め、ぷちぷちと大きくなった頃に収穫だ。
もう今はさすがに殆どの田で収穫が終わっているが、少し前までは、豊かな黄色で
満ちていた。丁度その頃に彼岸花が咲くのだ。
稲の真っ黄色の端に真っ赤な彼岸花が群れていると、色のバランスが絶妙だ。
彼岸花というのは毒草だそうだから、稲を食いにきた悪い動物が、彼岸花の毒に
やられてころっといくようにと植えらているのだそうだ。
見てるだけではころっといかないから大丈夫だ。
さて、こういう風景をちょこっと画に描いてみた。
どんな文をつけようか。
こんなのはどうだろう。
十月、稲を穫(か)り、此の春の酒を為(つくりて)、以って眉(び)寿(じゅ)を
介(たす)く
十月に、稲を刈ったら来年の春の為の酒を造ろう。
それができたら長寿を祝って老人に飲んでいただこう。
というような意味らしい。詩経にある詩だ。
漢詩を読んでいると、詩経から出典された言葉が良く出て来る。
もともとは中国古代にできたもので、民間に謡われた歌謡のようなものや、
高貴な席での雅歌のようなもの、あるいは祝詞のようなものを集めて孔子が整理、
編纂したものだという。
日本の万葉集のように、古代人の素朴なこころがそのまま謳われていて、
それがいいのだ。

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2010年10月07日

能、「融」

前に中途半端な能を見に行ってがっかりした話をしたことがある。
今回は、本格的なヤツだ。
地下鉄谷町4丁目の駅を出て、少し東に行くと、上町筋に当たる。そのまま
路を渡って上町筋のまま右に曲がると難波宮あとの大きな公園が左手に見えるが
かまわずにさらに進むと大槻能楽堂に行きつく。
女子高校生を一杯引率した団体も前後して歩いていて賑やかだ。
先生は楽しそうでええなあと思っていたら同じ場所に着いた。
「融」というのは、こんな話だ。
京都六条に河原院という庭園があって、それは源融という人が塩竃の絶景を模して
造ったというのだが、今はもう荒れ果ててしまっている。
ある日、旅の僧がその荒れ果てた庭園にやってきた。荒れ果ててはいるが、何やら
ゆかしげだ。
「さて、ここはどんなところなんだろう?」
すると、潮汲みがあらわれ、融の霊が現れ、舞台は霊の支配するところとなる。
この時の解説によれば、六条というのは、昔から鴨川がぐいっと曲がっているところ
なのだそうだ。そして、むかしは、貧しい人が死んだら、川に流して捨てるという習慣も
あったようで、そういう死体がそのぐいっとまがったあたりに貯まっていると言う事も
よくあったようだ。
だから、昔から六条のあたりは死霊がうろつくややこしい場所だったらしい。
現に源氏物語でも、六条あたりの廃邸に彼女を連れ込んでいたら、とうとう物の怪に
とりつかれてしまったという話もあるくらいなのだ。
しかし、その院も荒れ果て、そんなところにいた鬼も、妖怪も時が経てば老いてしまう
のだろうか。
「鬼老いて河原の院の月に泣く」蕪村
能というやつは実に面白いということがよくわかった。

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毎週木曜は映画、音楽、書画に関する話です。
が、今回は能を見た感想です。
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2010年09月12日

下賀茂神社古本市

今年の夏は、ことのほか暑いが、それでも出かける事が多かった。
ミニ、ミニ旅の合間を縫って、下賀茂神社の古本市にも出かけた。
もう時間もかなりおしている。急がないと終わってしまう。
近畿でも最大級の古本市だと言うので前から来てみたかったのだ。
早速テント巡りをと思うが、まわりの雰囲気が気になる。
鬱蒼とした森があるではないか。なんといっても世界遺産の糺の森だ。
ちいさな流れを辿って奥へ奥へと入っていくと、いくらでも森があって、湿った苔の路が
あって、大きな木の陰から森の動物がひょこんと現れる、そんな風に思えてしまうのだ。
何となく霊気さえ感じられるではないか。
「これは一種のパワースポットだなあ」と思った。
そうなると、ここにいる本達にも気がうつっていて、いいものに出会えるかもしれない。
どうでもいい事を考えながらぶらぶら本を見て回っていた。
しかし、骨董でも古本でも何か探し物があるときは熱心に見るが、そういう気持ちが
ない場合は、良い物があっても眼に入らない事が多い。
こういうところで掘り出し物を見つけようと思ったら、普段から知識を磨いて、集中力
も高めておかないといけない。
備えがなければ愁いも多いのだ。
それでまあ、なんとなく、書の本を1冊買った。
楷書の練習をしたかったので、ちょうどお手本になりそうな本があったのだ。
中国唐の時代の人の書だ。難しい感じが一杯ならんでいるから丁度いいだろう。
家に帰って中を見ていたら、千字文と書いてあった。
「ほうこれが千字文なんか」、「いろは・・・・」の漢字版ということか、いやいや
こっちが先で「いろは・・・」は後だろう。
字の練習の為に、千の違った文字を使って、文章を創ってあるという。
しかも4字ずつの韻文になっているいう。
すごいものだ。
これをすこしずつ練習しよう。
そしたら、字もうまくなるし、糺の森のパワーも少し頂けるかもしれない。
やっぱり来てみるものだ。
犬も歩けば棒に当たる。

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2010年09月11日

明石大橋、タコフェリー

ブリッジワールドツアーが終わって、認定証を貰った。
平成22年、3798番目の参加者ですと書いてあった。
ザックに入れたら、速攻で電車に乗らないといけない。乗り遅れたら、つぎのタコフェリーの
予約に間に合わないのだ。
「別にあわてんでも」、「行けんかったら無理せんでもええし」
とも思うものの、決めたらついその通りしようと焦ってしまう人たちなのだ。
「弁当も買わんとあかんし」
タコ弁当も予約済みだった。
地元の人間からすると、「魚ん棚で美味しいもん食べよ」とか思うのだが、他所の地の人は
明石とタコが強く結び付いているのだろうか?
魚が好きではないだけなのだろうか?
もちろんビールを買い込んで、タコ弁当を食べながら、今見て来た明石大橋を今度は船から
見るのだ。
20分程かかって向こう岸に行くフェリーだ。
我々のように、乗ったまま往復することで観光船として利用するのもアリなのだ。
切符もそんな切符になっている。
空は晴れて快晴だ。
昨日は正直しんどかったが、今日は海風に吹かれて船のデッキから橋を見ているだけだ
実に気持ちがいい。
「ボー」と汽笛が鳴って、岸に着いたら降りるしかない。意外と車を載せる人もおおいのだ。
橋だけではなくて、フェリーで通う生活もまだ健在なのだ。
「魚ん棚を見て帰ろ」
客も多いが、店の人も多いし、元気だ。
暑いけど市場は元気な方がいい。
「アナゴの天麩羅うまそうやなあ」
といいながら友人達の顔色を見るが、知らん顔された。
「お腹いっぱいやからしょうがない」
「晩飯は絶対、アナゴの天麩羅食うぞ」
その時には魚ん棚にはいないのだ。

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2010年09月10日

明石大橋、ブリッジワールド

今日も暑いが、ミニ旅行は続く。
昨日はえらい汗をかいたが今日は体を動かさないで乗り物に乗るだけだ。
「ブリッジワールドの予約をしといたからなあ」
明石大橋というのは世界一の吊り橋だそうだ。
しかも主脚の上にある塔は300メートルあって東京タワーの展望台より高いというのだ。
予約をして申し込んでおけば、そこまでメンテナンス用の通路とエレベータを通って行って、
見学できるのだそうだ。
わしら地元の人間があんまり知らんのに良く調べたものだ。
それなりにバタバタしながらようやく予約時間ぎりぎりに到着した。
きちんと説明会があって、それぞれにヘルメットが渡されてブリッジワールドツアーが
出発だ。
歩く間にもいろいろ説明してくれる。
吊り橋の規模は主塔と主塔の間の距離で決まるのだそうだ。それが約2000mあるこの橋が
世界最大ということなのだ。
この中には日本の技術の粋がこめられている。
「日本の技術ってええなあ」
いろんな意味で弱ってへこたれ気味の日本に出会っていると、こんなのは妙にうれしい。
本気で感動してしまう。
これからも技術立国という姿勢を忘れないで欲しいものだ。
「次世代人よ、頼んまっせ!」
一般の観光客がうらやましそうに見ている。今はやりの中国人も一杯いる。
誰でも高いとこへ行きたいものだ。
ちょっとだけ優越感を顔に出しながらメンテナンス通路を行くのだ。
『技術的に優れたものは、形も美しい』
「海も通行区分がはっきり分かれてるんですよ」
「あのブイを境に、向こうが右側通行、こちらが左側通行」
視点が変わると新しい物が見える。
「この穴から見た景色は、面白いですよ」
確かに、そうだ。

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2010年09月09日

奈良バテバテ自転車の旅ー04、法隆寺から帰る

「ここを曲がったらええんや」
友人はきっぱりと言うが、どうも怪しい。しかし、まかせてしまったからにはしょうがない。
やっぱりこのあたりにはありそうにない。
だんだん暑さがこたえてきた。
「あっちへ行こう」と元気よく友が言うが、目の前には大きな坂がある。尻をかばいつつ、
変速機を一杯に下げてとぼとぼと登る。こんな時に電動自転車がうらやましい。
やっと坂を登ったら、コンビニが見えてきた。見えてしまったらもう動く気がしない。
「あそこで休みながら路を確かめよう」
だれも異存はない。冷たいジュースを一気に飲みほした。
「ぜんぜん違うとこまで来てるで」
やっと方向がわかった。「ちょっと先や、もうちょっとや」と自分をだましだまし、我慢
してきたが、さらに厳しい現実を知ってしまった。
路は近くはないが、行き先がわかったので少しは元気がでる。
「やっと着いた」
「見学するか?」
「もうええわ」
どの寺も何度も来ているから、見学すること自体は目的ではない。快適に1300年祭の
奈良路を疾走するはずが、えらい試練になってしまった。
「昼飯を食って元気をだそう」
確かに飯を食ったら元気が出た。
「どやって帰る?」
来たからには帰らないといけない。乗り捨て自転車を借りたのではなかったのだ。
正規の路を来てないから帰りの路もわからない。
「帰りは、ちゃんとした車の路を帰ろう」
もう帰りは迷いたくない。
ところが又もや迷走だ。訊ね訊ねして、やっと正規の路がわかった。危うく反対に走って
いたのだ。
「もう24号線を外れずに帰ろうぜ」と硬く誓いあう。
「24号線が左に曲がってるで」と言う間もなく、友人が一人、まっすぐ突っ走って行く。
「もう気がつくまで待っとこ」
何とか合流して、やっと奈良の街が見えてきた。
余力があれば飛鳥路もと思っていたがとんでも無い。
痛い尻をかばいつつやっと到着だ。「ビールが旨い」

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2010年09月08日

奈良バテバテ自転車の旅ー03、西の京から法隆寺へ

何となく快調に走っているような気がしながら、どんどん先に進む。
お城が見えて来た。
「郡山城やで」
しったかぶりをしながら、走りながら片手で写真を撮る。なかなか快調だ。
「もう大和郡山まできたんや」
郡山城を右手にみながら先を急ぐ・・・
先頭を走る友人が地図を見始めた。よくみたら道路の印もなくなっている。
バスターミナルがある。そこで路を聞くがよくわからない。
左に商店街がある。人が沢山いるので、そこで聞いてみたら、この先に交番があるので
そこで聞くのが一番確かだという。
自転車専用道といっても知ってる人は少ないのだ。
交番も順番待ちだ。先着順に処理している。困った順というわけにはいかないだろうし、
誰がより困っているかはを決める人もいない。
それでかなりの時間を費やした。
答えは簡単だ。壁の地図を指さして、「あそこにある」という。
簡単に言えば、郡山城のところで間違えたのだ、右に見る方向にいかないで、真っ直ぐ
行って、左に見るように通り過ぎるのが正解だったのだ。
一瞬、「戻ったほうが」と思ったが、
「このさきをどんどんいったら合流できるやん」といつもの車に乗る時の感覚で安直に
考えて楽な方をえらんだのが大きな間違いだった。
いつまでたっても合流しないのだ。自転車専用道は特殊な道路だから、一般に車が走る
ような路とは簡単に交錯しないようになっているのだ。
「もうそろそろ出会うはずやけどなあ」と思いつつもなかなか分からない。
「あったあった」
やっとそれらしき印がついた路を見つけた。
が、この時点で既に間違った路を見つけてしまっていたのだ。
「さあ、これで安心」と思いつつ走るが法隆寺は一向に見えてこない。

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2010年09月07日

奈良バテバテ自転車の旅ー02、西の京へ

自転車専用道路は、川沿いを走っている。
このまま西の京に向かうのだ。時には川の右岸を走り、時には左岸を走る。
日差しが暑いので、時々水分補給が必要だが、川風が快適だ。
総勢5人、3人はマウンテンバイクを借りた。後の2人は、体力の不安を考えて
電動自転車にしたが、意地をはらずにこういう選択をするのが大事な事だと後でよく
わかった。
そういえば、何となく尻が痛い。
最初借りた時に足の位置は調整したはずだ。それで適当に足を動かしてペダルをこいで
いればいいとおもっていた。
「それしかないやん」
しかし、段々微妙に尻が痛くなってくる。
「サドルの角度とかもきちんと調整しとかんとあかんで」
なのだそうだが、普段こんな自転車に乗らないので気がつかなかった。しかも今と
なっては工具が必要なので調整ができない。
そう言えば、大分前に、中国敦煌に行った時に砂漠を駱駝で回るコースがあった。
それに乗ったのはいいけれど、尾てい骨の辺りがごつごつ当たる。
「痛いなあ」と思いつつ我慢して乗っていたが、駱駝の動きは想像するように
やんわりしたものどころではない。ひょこひょこ、ごんごん早歩きするかと思えば、
急に止まったり、動きだしたり、けっこう荒々しいのだ。それで結局尾てい骨の辺りの
皮がむけてしまってずるずるになってしまった。それからしばらくは痛くてしょうが
なかったものだ。
「あんなになったらいややなあ」
お尻をかばいつつ、時には腰をあげて中腰になりながら自転車をこぎつつ進むのだ。
「路は大丈夫かいな」時々案内板はあるし、路にはしっかり印が入っているから
大丈夫だとは思うが少し不安でもある。
そのうち、唐招提寺が見えて来た。
「あれは薬師寺やで」
見慣れた西の今日の風景だ。車で来る時と目線が大分違うので新鮮な感じがする。
「こんなんもええなあ」
と思うが、ここによってけんがくするわけではないのだ。
「さあ、どんどん行こう」

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2010年09月06日

奈良バテバテ自転車の旅ー01、平城京跡へ

さてさて、江蘇省食の旅も終わってしまった頃、日本でもミニ旅行をすることになった。
なんと学生時代の友人が久しぶりに集まって、酒でも飲もうというのならあたりまえだが
奈良に行こうと言う、それも、あろうことか自転車で回ろうというのだ。
時は8月の初めころ、今も続く炎天の始まりの頃の事だ。
「こんなん死人がでるで」
集まった晩は当然ながら酒盛りだ。
「久しぶりやなあ」当然もりあがって酒は進む。
当然その報いで、朝から体が重い。口から何か出てきかねない。
普段から、運動なんかあまりしていない人達ばかり、
「がんばるぞ」と口では言っても、何の根拠もない。
それでも、誰も止めないから前に進まざるを得ない。電車は奈良に着いてしまった。
自転車をレンタルしてしまったら、返すまでは乗らないとしようがない。
「最初は平城京跡に行こう」
帽子と水だけが頼り、やわな体は当てにはならない、時々胃がむかつく。
それでも古い寺を抜けて奈良路を走っていると時には爽やかな風が吹くし、下り坂になると
こがないでも先に進むから気持ちが良い。
「平城京跡までなんか直ぐやなあ」
びびる気持ちも失せてしまった。
「大極殿は見たことあるから、わしはここで待っとくわ」
ちょうどいい木陰もある。待ってるあいだにひと眠りもできるだろう。
「・・・???」なかなか帰ってこない、どうしたんやろ。
「説明聞いてたら遅なってもた」
「では、次行こか」
と道路に出たが、なかなか自転車道がわからない。
今回言いだしっぺの一番元気な友人が、右に走り、左に走りして、探しに行った。
「あったぞ」
折角自転車道専門の案内地図をもらったのに前途が不安だ。

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2010年08月08日

高瀬川あたり

こないだたまたま落語を聞く機会があった。
桂春蝶という人だ。先代は聞いたことがあるが、この人は初めてだった。
落語だけでなく、関西の古典芸能を盛り上げるためにいろいろ頑張ってはるようだ。
其の話で、「皆さん、『先斗町』ってなんでこの名前がついたかしってはりますか?」と言う。
「鼓ってあるでしょう。皮が貼ってありますなあ。皮をポンッと敲いたら、『ポンッ』と
音がなりまっしゃろ。皮が川で加茂川、もういっこの皮が川で高瀬川、『ポンッ』と敲いたら
その間が『先斗町』というわけだ。こんな事よそでゆうたらあきまへんで。笑われまっさかい・・・
というような話であった。
最近、京都に行く機会が少し増えた。
先日も、四条から三条に向かって歩いていて暑いから、日蔭の多そうな川沿いの道を歩いた。
それが高瀬川だった。歩きながらこの話を思い出してにやっとした。
「うまいこと言うもんだ」
高瀬川のあたりもなかなか風情がある。
京都は疏水がそのそばが涼しくていいし、雰囲気もある。味のある景色だ。
ちょっと橋をわたれば細い露地があって、一杯飲み屋とか御茶屋さんが並んでいる。
京都らしい。
見れば、古い看板を掲げた酒屋さんがある。
ああいう看板もあまり見なくなったが存在感があっていい。
酒が美味しそうに感じるではないか。
酒が好きだからそう見えるだけ? そうかもしれない。
三条が近づいた。
[角倉了以」の記念館みたいなのがある。
高瀬川を開いた人なんや。
俵屋宗達や本阿弥光悦の時代。
今日の街の町衆が一番元気のあった時代だろう。
京都街が外に向かって大きく開き、さまざまな文化を発信していた頃だ。
京の人は進取の気概に富むという。
こういう人達が創り上げた気分が残っているのだ。
これからも優雅で昔懐かしいがしかも元気を発信している街であってほしい。

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2010年08月07日

南海電車、浜寺公園駅

ちょっと用があって、浜寺公園の近くまで行った。
それで思い出した。南海電車の「浜寺公園駅」の建物がなかなかいいという話だ。
「ちょっと行ってみよう」
「しかしえらい暑いなあ」毎日の猛暑だ。
「快晴もいいが暑すぎるのはかなわんなあ」紀州街道を北上すると、左手に松林が見えてきた。
浜寺公園だ。大きな公園の真ん中あたりにちんちん電車の駅が見える。
前にこの電車の天王寺の駅を見に行った事があるが、その反対側の終点という事になる。
ちょうど電車が入ってきた。何人かが降りてくる。それなりに利用されているのだ。
調べたら、10分に一本くらい電車が走っている。それなりどころではない。
その前の道を左に折れると正面に南海電車の浜寺公園駅が見える。
2,3百メートルの道路だ。車を止めると熱気ががんがんと押し寄せてきた。
歩いている人はあまりいない。右に畑をみながら駅舎に着く。
明治の名残を残す洋風木造建築の駅舎だ。
「明治40年、我が国近代建築の元勲といわれた、東京帝国大学工科大学学長、辰野金吾、片岡安
博士設計により建てられた洋風木造建築である。屋根の正面に見えるドーマ窓(屋根窓)や柱の
骨組みを壁に埋めず装飾模様として活かすハーフチンバー様式(木骨真壁造り)、また、二階
ベランダ部分に用いられた柱と似た玄関柱が特徴である。私鉄最古の駅として、地元をはじめ
多くの人々から親しまれ日本建築学会など学術的にも高く評価されている」
という石碑があったので丸映しした。東京駅を設計した同じ人達の設計だ。
時代の雰囲気を感じるではないか。
それに正面の柱がどことなく艶めかしい。
建築に優雅な遊び心を感じる時代のものだ。
そうは言うても駅は駅だ。高校生たちがたむろしている。
おおきな男たちが、何人か地べたにべたっとすわってがやがやいいながら電車を待っている。
さすがに駅舎の外れの木陰を選んで集まっている。
ホームにも2、3人がいるだけだ。
こんなに暑いと出来るだけ動きたくないわなあ。
味のある駅舎であった。
今度は阪堺線に乗ってみよう。

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2010年07月31日

久しぶりに文楽に行った

大分以前に本で、「曽根崎心中」を読んでから人形浄瑠璃が好きになったのだ。
その後、何回か文楽に行ったが、残念ながら「曽根崎心中」はまだ見ていない。
まあ、「文楽であったら何でもええか」という部分もあるのでそれはそれでいいのだ。
今回の出し物は「菅原伝授手習鑑」と「日本振袖始」の豪華二本立てだ。
予約する時にえらい早い目だったので、「どこがいいですか?」と言われて、選べる所が
多すぎた。わからんままに「出来るだけ前の真ん中あたり」というと、
「前から2番目の列の真ん中が空いてます」というので、
「それはええな」と喜んだ。
しかし、入ってみて分かった。あまり前過ぎると、確かに人形を見るのにはいい。
人形の細かな仕草や、息遣いまで伝わってくるかのようだ。
しかし、逆に全体が見えない。
中央で主役が見栄をきったり、口上を述べたてたりの派手派手しい場面でも、同じ時に
隅のほうで家来が持ってきた荷物をそっと片付けていたり、こども同士がこちゃこちゃと
いたづらしたりしてるのが面白いのに、かなり首を回さないと見えないのでユーモアが
すんなりと腑に落ちない。
一番の問題は浄瑠璃語りの太夫が全く視界から消えてしまうことだ。
大声を張り上げ、声を震わせ、泣きの涙の聞かせどころに舞台もみながら太夫も見ながら
堪能したいのに、太夫を見ようとおもったた、「ぐいっ」と顔を横向けないと見えないのだ
「これからは前過ぎるのもあかんなあ」
大反省だ。
もう一つ気がついたのは、舞台の幕の上のところに大液晶パネルが設置してあって、
浄瑠璃語りの文章をそのまま流しているのだ。ちょうど舞台のはるか上になるのであまり
じゃまにならずに見る事ができるし、文字も大きくて読みやすい。
最初にそれがあるのに気がついたけど、「わしゃ、あんなん見やんでもわかるで」と
誰も知り合いがいないのにひとりでで見栄を張って見ないようにしていたが、
それでも時々ちらっちらっと見ると、意外と、実に、分かり易いではないか。
しかし、前の席でそればかり見ていると、首も疲れるし、舞台がおろそかになるので、
ほんの時々しか見ないようにはしたが(ここでも見栄をはっている)
やっぱり非常に便利であった。
松王丸が大見えを切る、「菅原伝授」もなかなかよかったが、スサノオノミコトの
ヤマタノオロチ退治の大立ち回りも面白かった。
伝統芸能は楽しい。

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2010年07月25日

和歌山、粉河に行った

ちょっと前になるが、画の老師にさそわれて、
「和歌山に行かへんか」
「ええですよ。何があるんですか?」
和歌山にも昔からの画の教室があるのだ。
今回は、○○と△△と□□と××と・・・・といろいろ兼ねて懇親会やるんや。
「えらいいろいろ混ざってますなあ」
まあ、いつもお互いに適当やから御題目はどうでもいい。
「場所は?」と聞くと、粉河だという。
「懐かしいなあ」私は和歌山出身だから粉河は何度も来た事がある。
一旦和歌山駅まできて、そこから和歌山線に乗り換えるのだ。紀ノ川に沿って上って行く。
いまだに単線の長閑な列車だ。
「けっこう時間かかりますなあ」、「40分くらいかかるで」
龍門山が見えてきた。
このあたりでは姿のいい大きな山だ。今はあまりみないが、一時期はハンググライダーの
名所であった。確か世界大会なんかも開かれたと思う。
その時事故があって死人もでたのでだんだんすたれて来たのだろう。
その後はパラグライダーだった。いつもこのあたりを通ると空からハンググライダーやら
パラグライダーやらいろんなものがふわふわ降りてきたものだった。
もっと昔の想い出がある。高校時代だ。
友達と変に粋がって、「遠足なんかさぼろうで」、「そんなんできるんか?」
「やったらええやんか」、「わかった、どこへ行く?」大した事も想いつかず
「龍門山でも行くか?」
かわいいもんだ。内緒でミカンをもいでたべた。
この駅をおりると思わずにやりとした。

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2010年07月24日

祇園祭前の八坂神社あたり

ちょっと用があって、祇園祭前の八坂神社のあたりを歩いていた。
かね正の鰻の話とは別の日だ。
ということは最近かなり京都に来ているということやね。
「今日はえらい暑いなあ」
祇園四条の駅から歩いていると、やたら浴衣姿の女性の団体に出会う。どうも普通の団体では
なくて、粋なすじの団体なのだろう。
周りの人が一生懸命カメラで撮っている。本格的に三脚を据えて撮っている人もいるくらいだ。
「祇園祭の季節なんやなあ」
八坂神社というのは花見では時々来た事がある。しだれ桜が綺麗なところだ。
はずかしながら祇園祭は見に来た事がない。あまりの人出を思って敬遠しているのだ。
素戔男尊(スサノオノミコト)を祀っているそうだが、そう言えば難波八坂神社というのが
あってここも素戔男尊を祀っているそうだから何か由来があるのだろう。
そんな事はどうでもよくて、祭は楽しければいい。
いろんな鉾がでて、賑やかで楽しそうだ。
今ちょっと能に興味を持っているが、鉾はその能楽/謡曲からとられたものが多いのだそうだ。
「芦刈山」、「白楽天山」、「橋弁慶山」、「木賊山」などなど沢山あるという。
世阿弥の能ができたころは町衆文化華やかな頃だったろうから結びつきは十分なっとくできるが
神代の時代とどう結び付くんやろ。
「それにしても最近このあたりをよく通るなあ」
こないだ2年坂、3年坂、清水寺に行った時もここを通った。
東大路通りの大きな交差点だ。階段も大きい。
「ちょっと写真でも撮っととこう」先客がいる。
交代、交代で一番ええ場所をしっかりとってなかなか場所があかない。
「まあええけど」
門の中では屋台ででて商売してはる。こんな暑いのに。
四条大橋まで戻ると、川べりは川床料亭の縁側が沢山並んでいた。

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