2010年12月27日

白檀のミニ鳥籠

早いもので今年もあっという間に年末になってしまいました。
さて、皆さまにご愛読いただいています、「あじあんじゃんくしょん」は
今年一杯で閉じてしまう予定です。
来年からは、「あじあんじゃんくしょん2」をご愛読いただけますようお願い致します。
実はかなりの期間、両ブログを並行運用しながら、「あじあんじゃんくしょん」の
過去データを「あじあんじゃんくしょん2」に移行する作業を続けていました。
全部ではないですが、或る程度はできたしいつまでも並行運用は面倒なので、年末を
機会に移行してしまうことにしました。過去データは引き続き移行作業をつづけますが
それまでは過去データをお読みになる場合は面倒ですが、「あじあんじゃんくしょん」
でご覧いただきますようお願いします。
これからも、「あじあんじゃんくしょん2」を宜しくお願い致します。

前に江南の旅の話をしたときに、最後の上海でミニ鳥籠を買った話をしかけて
途中でやめてしまったのは、単にブログのネタ数をキープしただけの事だった。
それでやっと本日登場するのだ。
といっても何の事はない。ただの細工物だ。
私は最初これをてっきり虫籠だと思った。
中国では昔から貴人やお金持ちは蟋蟀などを小さな容れ物に入れて飼うのがお洒落
だったのだそうだ。
北京の骨董屋や上海の骨董屋でそういう蟋蟀の入れ物を見た話もしたことがある。
掌に載るようなものが何十万円もしていた。そいう話は「紫禁城の黄昏」にも
出て来るし、中国を舞台にしたロバート・ファン・ヒューリックのディー判事
シリーズの推理小説にも出て来る。水上勉の北京の柿というエッセイにも出て来た。
よくある話なのだ。
しかし、今回は蟋蟀入れではなくて鳥籠だった。
中国人は鳥を買うのが好きだ。それが嵩じて鳥籠にもこるようだ。
映画や本の中でもよくでてくるが、お互いに飼っている鳥を見せ合うと共に
鳥籠も見せ合って自慢しているのだ。鳥よりもむしろ鳥籠に莫大なお金がかかって
いるようでもあるのだ。その細工の精緻さ、材料のすばらしさ、形の良さ、など
など自慢したらきりがない。
そういう事でこういうミニチュアを楽しむという趣味もあるのかもしれない。
そうだとしたら鳥も欲しいところだ。中に精巧な鳥が入っていて、ピヨピヨとか
ホーホケキョと鳴いたら楽しいではないか。
まあ、それはええとして、小さいけどよくできている。本物そっくりだ。
それに白檀の良い匂いがする。
「これいくら?」と聞くと、「500元」と言う。
「ちょっとだけ負けてよ」というとよっぽど考えたふうをして、「450元という」
「300元でどや」というと、えらい剣幕で怒りだした。
これを造るのにどんだけたいへんやったかというようなことをわあわあ言うとる。
「お願いや、友達やんか」というても収まらへん。
しょうがない「380元でどや」というと、にやっとわらって、
「あんたものわかりええな」という顔に急変して、それでok。
おもろいおっちゃんや。
という話でした。

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2010年11月29日

安徽の墨

安徽省の黄山には今迄に2回行った事がある。安徽省は文房四宝の土地なので
麓の屯渓の街でそのたびに筆や墨を物色していた。
特に「胡開文」という有名な墨の工場兼店があるので見学をしながら墨を買った
のだった。そう言う話は以前のブログでしていると思う。その時、一番高級とか
いう油煙墨を買ったが、筆はいくらでも水で試し書きをさせてくれるが、墨は
絶対試し磨りをさせてくれない。
日本に帰って、楽しみに磨ってみたら、色が全く出ないのだ。磨り方が悪いのだろう
とゆっくりゆっくりそっとそっと時間をかけて磨って見たが、色がでない。
何遍やってもだめなのであきらめておいていた。
てがしびれるほどやってもだめなのだ。
それで、先日、墨に関するテレビ番組があって、書の話だったが、墨の磨り方で
筆で描いた表現や滲みの違いがでることをいろんな顕微鏡をつかったりしながら
様々な角度で解明していた。その書家は細かく磨ったあと同じ硯で荒く磨って、
混ぜることで気に入った表情をだすということだった。
硯も大事だ。やはり端渓がいいということだ。
その時、細かく磨る場合は、水をほんの数滴たらすだけで練るように磨っていた。
「これかな」と思い、
今は使いやすさで、国産の雄勝の硯を愛用していたが、また端渓をとりだして、
水をほんの2、3滴たらし、練るように練るように丁寧に磨ってみた。
「いける」
すぐに墨の良い香りが立ちあがってきた。
「すばらしい墨やないか」
すこしずつ水を加えながら練るようにすっていくとうまくいくのだ。
ちょっと油断すると粒子が粗くなるので、そっと丁寧にやらないといけない。
まあ、簡単にいえば、墨や硯に無知だっただけなのだ。
今は墨や硯の選び方もきちんと教えてくれる人は少ない。
まして使い方もしかりだ。
安易に見よう見まねでなく、しっかり勉強しないといけないと思った。

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2010年11月15日

桃太郎ジーンズ

さて、ジーンズを買ってきたからには、まず洗った方がいいだろう。
天然藍染めだからまずは最初の藍を洗い落しておかないといけない。
それに、織布にのりがついているからそれも落として柔らかくしたい。
なによりもちょっとでも洗う回数を増やして色落ちを楽しみたい。
洗い方のレシピも貰って来た。
洗濯機で洗っていいが、洗剤は添加物を使用しない中性洗剤がいいと書いてある。
しかし、汚れてるわけではないから水でいいだろう。
ファスナーやボタンを全部止めて、裏返して洗うそうだ。
その通り全部やった。あとは陰干しだ。十分日陰で干したらアイロンをかけて
完成だ。
それで何かに化けるわけではない。ジーパンはジーパンだ。
「なかなかええ色やないか」
「ええ味してるで」
ほくそ笑むのは自分だけだ。
早速はいて、外に行っても、「○○さん、ええのはいてますなあ」と言ってくれる
人がいるわけはない。
完全に自己満足の世界だ。
それはそれでいいのだ。
それで、何度も洗って色落ちすればするほど、本藍は明るい色になっていくという。
こういう風に使えば使うほど味がでるというものがあって、それを使い込んで行くと
いうのは楽しいものだ。
それに本藍、それも日本独自のつくもを使った藍染めとインディゴ染めがはっきりと
どうちがうのか身を持ってわかってみたいのだ。
そうして、「時間をかけて使い込む」とか「味がある」、「味がでる」
そう言う言葉が意味する文化を大事にしたいものだ。
ジーパンでなければならないことはないが、これも遊びの一つ。

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2010年11月01日

公募展の額装って

そろそろ公募展に出してみよかと思った。
4年間水墨画を習ってきた。まだまだ卒業どころか先も見えない
状態だ。それでも何か作品を描いて、展覧会に挑戦くらいしてみたい
という気持ちもおきてきた。
それでいろいろ公募展を調べてみたがなかなか適当なのがない。
なんとなく、「その世界」というのがありそうだ。
公募といいながらもある先生や流派の系列じゃないと難しそうだったり、
画の傾向がはっきり決まっていたりする。
そういう世界ではなくて、広くだれでも挑戦できるところがいいなと
思ったのだ。
地方都市が主催しているのが比較的ましかなと思い、いっかいやって
みようとした。
それでまあとにかく描いて見た。
「できたぞ」と思い。それから出品規約を読んでみたら、
「額装、但し仮枠の事」って書いてある。
「仮枠って何やろ?」
分からんまま一旦表具屋さんに行って聞いてもよくわからない。
しかたないからとりあえず裏打ちだけ頼んだ。
それで、こんどは額縁屋さんに行って聞いてみた。
「こういうやつですよ」と教えてくれた。結局油絵のキャンパスを
嵌め込む規格品のやつだ。
「日本画や水墨画みたいなぺらぺらなやつはどうするんですか?」と
聞くと、パネルに貼って、キャンバスみたいにしてこれに嵌め込むん
ですよと言う。
「なるほど」そういうしかけだったのか。初めてわかった。
「そうなると額の縁に隠れる部分はどれくらいやろ?」そんなことは
全然想定していなかった。
それでまた、表具屋さんのところに引き返して、裏打ちプラスパネル貼り
を頼んだ。
「やっぱり知らないとあきませんなあ」
最初はいろいろ大変だ。しかし頑張って見よう。
賞なんかは覚束ないけどね。

裏から見たらこんな感じ。

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表はこんなの。作品ははずかしいから端っこだけ。

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2010年10月25日

「さかな」の碗

手元に小振りの磁器の碗がある。
頂きものだ。
私の好きな景徳鎮の磁器だ。
お礼ということで頂いたものだが、お礼にしては過分なものだったかどうか
詳しくはわからない。
自分で買ったものではないが中々気に入っている。絵付けがいいではないか。
「さかなさんだからさかなの画でちょうどいいでしょう」と言う事だった。
まさにそのとおりだ。
このさかな、水中を自由に泳いでいるような、あるいは空中を自在に漂って
いるような不思議な風景の中にいる。
魚も草も花もおおらかで気持ちが言い。
それに形も味のある形をしていて面白い。
「魚」という漢字は中国語では、「余」という漢字と発音が同じだから
中国ではお金が余る、財産が余るということで縁起のいい文字とされて
いて、昔から焼き物の画にも沢山登場するのだ。
裏を見ると明の時代のように描いてあるが、本当かどうかはわからない。
もし本当ならかなりの値打ちになるだろう。
しかし、たとえ本物でなくても、陶芸の技術を昔の作品を模倣することは
よくある話で、私はそれはそれでいいと思っている。
決して値打ちがないわけではなくていいものはいいのだ。
ところが、そういうものにしても最近はバブル気味で値段がとても高くなって
いるから、だんだん気軽に買えなくなってきた。
いいものは高くてもしょうがないが、普通のものは適正な価格で買える普通の
状態に戻って欲しいものだ。
それはいいとして、この、「さかな」、大事に使うとしよう。

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2010年10月18日

熊野の皆地笠

熊野古道を紹介するテレビ番組があった。
それを見ていると、すげ傘をかぶった人がでていて、「あんなん欲しなあ」と
思っていたら、その笠の紹介もあった。
皆地笠というそうだ。この地の独特の工芸品で、檜の皮を編んで造るのだそうだ。
檜の薄い皮から造るので軽いのと、檜の油が出て防水にもなるのだそうだ。
長くつかっているとだんだんと味のある色に変色していくと言う。
しかも、この笠を造れるのは今やたった一人になってしまって、その方も90歳を
越えるのでもういつ造れなくなるかもしれないという話だ。
こうなると、「欲しい」
それで電話をしてみると、「道の駅 奥熊野古道ほんぐう」というところに電話
をして下さいという。では、と電話をすると、「今では週に2個出来たらいい方だから
いつ納品できるかわかりませんよ。いつでもいいという条件なら注文受けますよ」
もちろん、いつでもいい。
それで約1カ月待って届いた。
中々使い勝手がいい。便利そう。
さっそくかぶって、友達と飲みにいった。
「おい、それはちょっと浮いてるで」
「いっしょにいたら、かなり引くなあ」
と言われてしまった。面白いとは思うけど、時と場所を心得ないといけない。
どこでも似合うというわけにはいかないようだ。
今度は、画を習いにいったときに京都の街をぶらついてみた。
電車をおりるとすぐに若い女性の声がした。
「あの、その笠どこで買いました?」
「すみません、京都ではなくて、和歌山の熊野なんです」
えへん、やっぱり興味のある人もいるのだ。
この女性にはがっかりさせてしまったが、時と場所を考えて愛用することにしよう。
いつまでもなくなって欲しくない伝統工芸品の一つだ。

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2010年10月11日

豊子凱の画本

こないだ揚州、蘇州の旅の話をした。
その時に、上海のあやしい茶城に行った話もした。
実はその茶城に行ったのは二つの目的があったからなのだ。
一つは先週話をした茶缶を探したかったのだが、あと一つは、豊子凱という
画家の記念館のようなものがあると、ネットのはしくれで見つけたからだ。
「そういうモノがあるのなら是非とも行かなきゃならん」と思っていたが、
茶缶を探す、道すがらには目につかない。一階は殆ど隈なく探した。
次は二階だ。茶屋もあるが骨董屋が多い。わけのわからない雑貨屋もある。
怪しいフロアだ。しかし無い。それなら三階に行こう。
「あった」、それは、前に紹介した、更に怪しい骨董屋というか、骨董品
らしきモノを造るおじさんの店だ。木工品や金属工芸品を精巧に加工して
いる。わざと古色をつけてインチキモノを造っているのかどうかはわからない。
骨董らしい、もしくはそれを手本にしたものではあるが、まっとうなモノを
造っているのかもしれない。
「他には」と見回すと、書画の店や骨董の店が沢山あるが、薄暗い。
開いているのか閉まっているのかよくわからない。あまり暗いので閉まって
いるのかと思うと開いていたりする。やっぱりあやしい。
もう少し先に進もう。
「何や書画の店か」と通り過ぎかけて、よく見たら、見たことのある画が
飾られている。豊子凱という人の画だ。
「これが、豊子凱記念館か?」と驚いたが、小さな2部屋だけの簡単な
ショップに記念品も並べているという程度のものだった。
それでも、本物か偽物かわからないなりに画も沢山飾っている。
「本物?」って聞いたら、「本物です」と言いきってたが、「????」
豊子凱の画は大好きだ。
絵本や漫画のようではあるが、きちんと基本をやった人の画ではある。
ほのぼのとした人の温かみが画面に溢れている。
それでいて、時代を見つめる厳しさと哀しさと、更にはユーモアも感じさせる
画なのだ。
「こんな画を描きたい」という目標の一つでもある。
「しっかり勉強しなくては」と画の本を一冊買った。
大事に勉強しよう。

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2010年10月04日

中国の茶缶

茶缶といえば、京都の開化堂の茶筒が有名だ。私もいくつか持っている。
これは素晴らしい工芸品といえる。
茶筒に茶を入れて、中蓋をし、おもむろに上蓋をそっとかぶせて手を離すと
上蓋が自重で静かにおりていって、ぴたっと最後まで収まって止まる。
芸術品だ。
手触りもいい。何十年も手で撫で、さすりながら育てていくのだそうだ。
そこまではめんどうだから棚のうえに載せて大事にしている。
全ての茶をこういうものに入れて保存できたらいいが、残念ながらかなり
値段が高い。そうそう幾つも買ってしまうというわけにはいかない。
「もっと安くてええもんはないか?」
いろいろ探してみたがなかなかいきあたらない。
「中国は茶の本場やからきっとあるだろう」
それで、先日、揚州、蘇州の旅に行った時に探してみた。
その時に茶缶を探しに行った話は前のブログで少し書いた。
つまり、上海の天山茶城に行ったのだ。
ここは茶の専門店が集まった茶のデパートだから、きっとあるだろうと
思ったからだ。
なかなか見つからないあいだに、別の楽しい物をいろいろ見つけてそれは
それで収穫があったが、最後に茶缶の専門店を見つけた。
確かに店中が茶缶だ。しかし、よくお茶屋さんで缶入りで売っている茶の
茶缶のようなものがほとんでで、あまりそそらない。
おっ、結構りっぱなのがあるやん。
ちょっとごついがしっかりしたのがあった。
「これ幾ら?」、「200元」、「まけてよ」
首をふってことわられた。
「どれくらい入る?」、「半斤くらいやね」というと250gくらいだ。
まあ、ちょうどいいくらいか。
ブリキではなくて錫の引きものだ。自重で蓋が落ちるというところまで
精巧ではないが、かなりしっくりとはまっている。
どれにも、茶葉が少し入れてあるのは、殺菌の意味なんやろね。
しばらく使ってみよう。
しかしやっぱりブリキのが欲しいなあ。

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2010年08月02日

煙草は燐寸で

最近、海外に行くと、煙草を吸うのが不便になった。行きも帰りも、入った先の国内線でも
ライターは絶対取り上げられる。
そうなると、ホテルの燐寸を使ったりして、燐寸で吸う機会が多くなった。
元々、燐寸をすって、煙草に火をつけるときの臭いや雰囲気が好きだったので、日本でも
燐寸で吸ったらええやんかと思うようになった。
しかし、日本で燐寸を備蓄しておくのは結構難儀だ。
昔は喫茶店に行ったら必ずその店の名前の入った燐寸がおいてあったので、幾つか貰って
帰っていた。食堂やレストランに行っても同じだった。「燐寸下さい」といったら専用の燐寸
を用意してる店が多かった。まして、ホテルや旅館などは必ず燐寸を置いてあった。
しかし、最近は違う。喫茶店や食堂などはまず置いていない。ホテルなどでもせいぜい小さな
紙燐寸だ。あれは使い難い。
煙草屋さんですらおいてなくて、偶にあっても結構高い。
「これやったら、常時燐寸で煙草を吸うのは無理やなあ」と思っていたら、100円ショップで
燐寸を売っているのを発見した。
しかも大型の箱入りだ。
これやったら備蓄可能だ。
それで又最近は燐寸と煙草を持ち歩くようになった。
まあ、そうやっても何か得するわけやなくて、ただのこだわりだけやから世の中には何も
寄与しない。
だれも、感心してくれない。あたりまえだ。
粋がって燐寸で火をつけても、誰も見ていない。
しかも燐寸が切れたら、誰かに、
「すみません、ライター貸して下さい」と頼むしまつだ。
それでも、此の藍染の袋に煙草と燐寸をいれて持ち歩くのだ。

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2010年07月26日

今年も手描きの扇子を創った

今年も夏が来た。えらく暑い。夏は暑いのは当たり前だが、来てみるとやっぱり暑い。
いつもいつも、「毎年暑なるばっかりや、腹立つなあ」と思うが、きっと温度は
それほど大きな差はなくて、がまんできる体力が年々衰えてきているのだろう。
エアコンなしで暮らしていた時代もあったのだ。今から思えば考えられない。
7月も初めの頃は、「出来るだけエアコンつかわんぞ」と頑張ってくらしていたが
「もうがまんできへん」のだ。
ちょっと動いたら汗が噴き出す。まあ、どこに行ってもたいていエアコンがあるから
しばらくしたら汗が収まってくるが、時には団扇や扇子がないと我慢できないこともある。
「そろそろ扇子の季節や」と思ったが、実は扇子がない。
つい先日、親しい友人にあげてしまったのだ。自分で描いた画の扇子だったので貰って
もらえたらこれは嬉しい事だ。
そうなると、又、創らないといけない。
早速描こう。前は、有名な人の画の一部を模写した。それはそれで楽しいし、気に入って
いたが、今度は自前で画面も考えてみよう。
それで雲南に旅した時の棚田の事を想い出した。
諸国一見の旅の絵師が中国は雲南を彷徨って、遥か棚田を眺めている画だ。
「うん、なかなかいい」
自分で行っていればせわはない。
裏に詩を書こう。これは自前ではまだ難しい。
それでは李白を頂こう。
「春日独酌」というやつだ。

東風 淑気を扇ぎ 水木 春暉に栄ゆ
白日 緑草を照らし 落花 散じて且つ飛ぶ
孤雲 空山に還り 衆鳥 各々已に帰る
彼物皆 託する有り 吾生 独り依る無
此の石上の月に対し 長歌して芳菲に酔はん
中華飲酒詩選ー青木青児著より

書いていると気持ちよく酔っ払ってきたわい。

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2010年07月19日

ガラード401、アイドラー交換

「うんこらしょ、あかんわ、持ちあがらへん」
久しぶりにレコードプレーヤーの中を見ようとした。
アナログの愛機ガラード401であるが、もう買ってから30年以上たつだろう。その間、箱の裏蓋を
明けて中をみたことなんて数えるほどだ。というより、アームをつけるのに手古摺って1,2度
あけてみただけという記憶しかない。かなり先日、いつも私のオーディオの面倒を見てくれている
友人と会った時、「そろそろ、プレーヤーのアイドラー交換しといた方がええんとちゃう」と
言って、交換部品を預かったのだ。ゴムのアイドラーで接触させてまわしているのだから減るのは
当たり前なので、「それはもっともやなあ」と納得したが、しばらく忘れていた。
それで、ある日想い出して、「さて、換えてみよう」と思ったが、プレヤーの回転台を引っ張っても
なかなか上に上がらない。裏蓋をとって換えるんやったら面倒やなあとまたほっておいた。
それでも気になって、友人にメールすると、回転台を引き上げるしかないという。
「ならば」と一生懸命引き上げてたら、何かのタイミングでするっと上った。
中をみると随分シンプルだ。やっぱり、「良いメカは美しい」
こんどはアイドラーをどうやってこうかんしよう。
それもよくわからない。またメールだ。「上がねじになってるでしょう」
なるほど、真鍮をカシメているように見えていたがよくみるとねじの頭になっている。
簡単にとれた。
「さすがだ。音も素晴らしくなった」
かどうかは全く分からない。
しかしまあ、30年以上使い続けて、確かに毎日、毎日聞いて使い込んできたわけでないが、
時間がたつだけでもいろんなものが劣化するはずやのに、未だに殆ど手をいれなくてもきちんと
うごいているのは大したものだ。
アンプのスイッチを順番に入れる。プレーヤーの蓋をあける。
だんだん気持ちがもりあがってくる。
「さあ聞くぞ」レコードのジャケットをしばし眺める。
静かに回転台に乗せる。手前のスイッチレバーをONの方に捻る。この「捻る」という操作も
アナログぽくっていい。捻りとともに「カチッ」という確かな感触と控えめな音が鳴る。
回転台が静かに回り始める。音もなくだ。そして、カートリッジアームを持って、カートリッジの
蓋を外す。
アームのレバーを持って静かにレコードの端に移動させる。そっとレコード盤の上に置く。
この時、意識しないでさりげなく、しかもさっと手際よく載せるのがコツだ。
意識してしまうと、「がりっがりっ」とカートリッジがあばれる音がする。
まあ、しょうしょうはかまわない。
「シャー」というレコード独特の低いノイズがながれて、音楽が始まる。
アナログの世界だ。
「ええなあ」いつまでも長持ちしてほしい機械たちだ。
おっと終わりに気をつけて、アームをもちあげないと、また「がりがり」っと言わせてしまう。
全然自動化されてないのだ。

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2010年07月12日

馬場万のショルダーバッグ

リタイア暮らしに入ると、書類カバンを持ち歩く事がない。ちょっと寂しい。
愛用の馬場万の書類カバンも長らくつかっていない。折角ずっと使いたおして、味がでて
きたところなのに残念ではある。
今の暮らしではショルダーバックが便利だ。財布とかカードとか手帳とかデジカメとか
身の回りのものをガサッと入れておくのだ。
前から旅行用にショルダーバックを使っていたが、ブランドものだったのでどうせ日常使う
のなら、使って味がでるものにしたいと考えた。
それで又、馬場万に行ってみたら、ちょうど良いショルダーバッグがあるではないか。
さっそく注文したが、それでも3カ月ほど待たないといけない。
楽しみに待っていたら、ご主人が病気とかで更に1カ月ほどまってやっと手に入った。
なかなかええ具合だ。
フタがついているだけではなくて中央部がチャックになっているので、財布とかカード
とか貴重品はここに入れるといい。
あけてすぐのポケットに手帳とかデジカメを入れておくと要る時にすぐにだせるから便利だ
奥のポケットも文庫本などをいれると使いやすい。
使い始めて最初この頃、ちょっと違和感があった。肩ひもの肩のところが少し幅が広すぎる
感じなのだ。それで下げ易いと言えるが、ちょっと掛けておこうと思うと、ちょっとした
ものにはひっかからないのだ。例えば、外でトイレにはいって、カバンがじゃまなので
ひっかけておこうと思っても掛らない。これが意外と不便なのだ。それで馬場万さんに
持って行くと、簡単に幅を狭めてくれた。
こういうところが手作りの自由がきくところだ。
後は使い込んで味をだすしかない。時々ワックスをかけて手入れをおこたらないように
しよう。ちゃんと手入れしていると少々雨にあっても平気なのだ。
使い始めてから大体1年くらいたつ。まだまだ味が出るには至らない。これからだ。

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店名、「馬場万鞄店」
ジャンル、手縫鞄
住所 大阪市中央区東心斎橋1−12−3 協栄ビル 1F
電話 06-6282-9114
営業時間 am11:00-pm7:00 am11:00-pm5:00(土曜)
定休日 日曜、祝日

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2010年07月05日

江戸切子のグラス

最近知り合いに江戸切子のグラスを頂いた。
「切子のグラスやったら持ってるけど」
と思いながらもありがたくいただいた。それで家にあったのと比べてみた。こっちは
切子は切子だが特に何というわけではなくて唯の切子だ。見た目にはよく似ている。
殆どそっくりだ。しかし、何かが違う。元からあるほうがどことなく安っぽいのだ。
明らかにガラスの素材が違う。ぬくもりのある明るさと滑らかな透明感がある。
それにカットの具合もかなり違う。こちらは繊細だ。
それでグラスの中を覗いて驚いた。
前からある方は、中を覗いても外からみたまんまだ。
こちらの方は、外にない模様が中からは見えている。微妙な光の反射と屈折が新たな
模様を作っているのだ。勿論作為的に作られているのだ。
「ほう、なかなかの技がしこんであるんやね」
やっぱり伝統工芸の味はいいものだ。
酒も一段とおいしくかんじられるものだ。
形としては小型ビールグラスというものだろうが、日本酒やウイスキーを常温で飲む
のに丁度いい大きさだ。
錫の片口に日本酒をためておいて、そこからこのグラスにちびちびと注ぎながら
やるのが一番だ。
ずっと前に大連に時々行ってた時に大連切子が有名だと言う事を聞いた事がある。
それで時間の合間に大連切子を探しに行った。
確かにあったが、これはひどいものだった。
ガラスをカット細工したというだけのものだ。
「これで切子はないやろ」と憤慨したものだ。
切子だけにかぎらず、コストや経営効率みたいな事で伝統工芸がすたれて行くのは
非常に残念なことだ。
良い物を知らない。だからいいものを愛せない。そういう世代に変わっていってほしく
ないものだ。

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2010年06月28日

我が家のアルカリイオン浄水器

「あれっ、何かおかしい」
浄水された水がでるノズルがぐらぐらしている。おかしいなと思って手で持って
ぐりっとやったら、「ありゃりゃ」すぽっと抜けてしまった。
「えらいこっちゃ」さっそくメーカーの修理サービスに電話する。
「明日行きますから」と対応がいい。しかし、持って帰らないと修理できるかどうか
わからないと言う。いきなり、浄水器がなくなった。
よく考えたら、この機械、もう何年つかっているのだろう。10年を超えているのは確かだ
実際ここまでよくもったものだ。感慨にふけるのはいいが、浄水器はない。
しかたないので、普通に湯をわかした。お茶の味が悪い。当然のことながらカルキ臭い。
例の鉄瓶で沸かしても同じことだ。蓋をあけたまま沸騰させてカルキ分を抜こうとしても
やはし臭いがする。
折角おいしく茶を飲む環境をつくったのに残念だ。
浄水器が如何に必需品かよくわかった。
何日かすると、修理サービスから電話が入った。
「中も錆びていて、もう部品がないから修理できません」ということだ。使った年数から
考えるといたしかたない。
しかし、これからどうしよう。
よく考えたら、実家にも同じものがあったはずだ。今は使っていない。
さっそく長躯取りに帰った。
「やっとこれでおいしい水が飲める」
もう生活の中にしっかり組み込まれているのでいきなり壊れるとこまってしまうのだ。
鉄瓶で湯を沸かしてお茶を淹れる時は、アルカリイオン浄水器の水を使うと、非常に
うまいということが確認できた。
無くなってやっと価値がわかるんやね。

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2010年06月21日

茶釜の方はどうなった

先週は金刀比羅さんの門前街で買った鉄瓶の仕上がり具合の話をした。
同じ時に買った鉄瓶というより茶釜のようなモノの方はどうなったであろうか。
何の興味も持たない人が殆どだろうが無理やり報告することにする。
こちらも同じように茶で何日も煮詰めた。
最初はどろっとした鉄色の汁が残っていたが、だんだん綺麗になってきた。
水に切り替えてぐらぐら沸かしても色は濁らない。
それで外も椿油で拭いた。
鉄瓶ほど劇的?ではないがこれも結構良い感じになった。
なんとなく風流な茶道具のようではないか。
しかし、どうやって使おう。これは注ぎ口がないので、
「柄杓みたいなのがいるなあ」と思い探しにいった。
京都の三条、前に調味料用の小さなしゃもじを買った店に行って見たが頃あいのものが
ない。それでもう少し東に行くと、「籠新」というおなじような竹細工の店があった。
覗くと、奥のほうで、おっちゃんが、一生懸命竹を細工している。
「こんなんええなあ」と思いながら見ていたら、茶道で使うような綺麗な竹の柄杓が
あった。細工も綺麗だ。
「ええけど、ちょっと形がきれいすぎるなあ」
「あの無骨なやつにちょっと合えへんわ」
と思い、更に探す。といってもすぐ隣にならんでいたから最初からわかっていたのだが、
ごくふつうの竹杓子が見えた。よく山のお寺やなんかで手を清めるために貯め水を
すくったりする時に使うやつだ。
「適度に雑くてええやんか」と思いそれを買う事にした。
勿論値段は段違いに安い。
それで、この茶釜で湯を沸かして、茶を淹れて飲むと、格段に旨い。
まあ勝手にそう思うだけだが、気分の問題だ。

こんな事をしてしばらく遊んでみよう。

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店名、「籠新」
ジャンル 美術京花籠、茶道・華道竹製品
住所 京都市東山区三条大橋東1丁目
電話 075-771-0209

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2010年06月14日

中国貴州の蝋結染

貴州は蝋結染の発祥の地だというふうに聞いていた。それで先日、貴州に旅行に行った時
には絶対に蝋結染を買ってこようと思っていた。
しかし、事前手配の時にいろいろ手違い思い違い、意思疎通、説明不足、語学力不足
いつものようにいろいろな問題があって、「蝋結染を買いに行きたい」、それも、生産
工場を見て、そこで買いたいなどと言った思惑は全く通じていなかった。
最終的に蝋結染を売っていると店に行く事は行けたが、納得して、満足のいくものを買えた
わけではなかった。
実に残念であった。
しかし、其の時に買った生地は1m半くらいしかなくて不満ではあったが、柄模様としては
かなり気に入っていた。
しかし、そのまま置いておいても何の意味も無い。「どうしよう」と思っていたら、友人の
お母さんが手提げ袋に作ってあげてもいいという。
というよりか、無理やり作ってほしいとお願いした次第だ。
それで出来てきた。
すばらしいではないか。
鞄に入らないちょっとしたものを普段持ち運ぶのに丁度いい。
こういうモノを使い込んで味を出していきたいのだ。
ところで蝋結染と藍染ってどうちがうのだろう。
藍で染めたら藍染だから、大きい意味では藍染でいいのだろうと思う。
それを蝋を使っていろんな柄を描いて染める技法が蝋結染というのだろうか?
藍染も型を使ったり、絞ったりといろんな技法があるから結局ようわからん。
まあ、技法はどうでもいいけど、天然藍を使ったものがいい。
成分的には化学薬品をつかったものと変わるところはないというが、やはり天然にこだわりたい。
昔から体に好い。虫よけになる。毒蛇よけになる。
いろいろ言われているが、使い込んだ藍の色は風合いもいいし、なんとかく気持ちがええのだ。
こういうモノで、オリジナルの柄を作って、オリジナルのモノを作って見たい気がする。
好きな素材で好きな形で、好きな色柄で、使い込んで自分のモノになるという訳だ。
そういう方面も少し研究してみようと思った。

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2010年06月07日

鉄瓶が綺麗になった

どうです。綺麗になったでしょう。
先週紹介した、金刀比羅さんで買って来た鉄瓶だ。
正直買ってすぐはこれで湯を沸かして飲むという気はしなかった。
そこで手入れを始めた。
現在じっくりと子育て中だ。
まずどうやって手入れするかいろいろ調べた。といってもネットを検索しただけだが
いろいろ掲載されているので実に便利だ。
プロでなくても出来そうな事が沢山ある。
まず、絶対に中をいじくってはいけない。やすりなどで中の錆をごりごり落とすのはもっての他
だそうだ。それで、最小限ポリポリ落ちそうな錆だけをたわしでさっとこすり落とした。
それから緑茶の茶殻を入れて煮詰める。緑茶のタンニンに消毒効果と防錆効果があるらしい。
煮詰め切ったら又水を足して更に煮詰める。
3日くらい続けると、水の茶色く濁った金気や金臭さがなくなった。
中は大体いけそうだ。それでは外も綺麗にしよう。
折角年月をかけて古びた味がでてきたやつだ。これも削ったりして磨きあげたら何にもならない。
表面も茶殻で拭いたらいいそうだ。やはりタンニンの防錆効果なのか。
なんども丁寧に拭いた。
それから椿油を布につけて拭いた。
「ほう、えらい綺麗になるやんか」
取っ手のところに銀の象嵌があるのも見えて来た。
蓋はどうしよう。裏をみると緑青がびっしりとこびりついている。
ということは銅でできているのだ。銅の汚れはとれるはずだ。しかし、年月の味もある。
どうしようかと悩んだが、蓋は綺麗にしたほうがすっきりするかもしれないと考えた。
銅の汚れの落とし方もネットに沢山掲載されている。
便利な世の中になったものだ。
酢と塩を混ぜた液に布を浸して拭けばいいだけだ。
しかし、撫でればすっと落ちるわけではない。毎日すこしずつごしごしやっているとだんだん
綺麗になっていくのだ。
蓋のつまみも真鍮であるのがわかってきた。
拭き終わると、綺麗な水で洗い流して乾かすのだ。
「なかなかええやんか」
満足のいくモノになりつつある。使ってみよう。
先週の金曜のブログで紹介したように緑茶を飲んでみたら実にうまい。
これからは使いながら育てていこう。びっしりと湯垢がつくところまでいくといいなあ。

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2010年05月31日

金刀比羅宮まで行って、鉄の茶瓶を買う

「ええ鉄の茶瓶あったで」と金刀比羅旅行から帰った家人が言う。
金刀比羅宮門前商店街にある骨董店で見たというのだ。いろいろ話を聞いているとなかなか
面白そうだ。それで、早速見に行って見る事にした。
今は殆ど全部を高速を通って行ける。だから片道3時間くらいで行けるだろう。
しかし高速代はえらい高いので、日曜に行って安くすませよう。それならば早く行かなければ
ならない。
明石海峡大橋までは順調だった。殆ど渋滞がない。
天気は快晴。
「それにしても大きい橋やなあ」海峡の景色が気持ちよい。船がゆったりと海峡を渡っている。
一気に淡路島を抜けると、今度は鳴門大橋だ。
今日は渦が見えているのだろうか。観光バスが多いが渋滞するほどではない。
しかし、段々眠くなってきた。実は昨夜あまり眠れなかったのだ。
そのまま高松道に入る。ここからは一車線になる事が多い。
工事中なのか事故を防ぐためなのか、2車線で気持ちよく走っていると、急に一車線になって
しまう。
まあ、ゆっくり行かないとしょうがないが、それにしても眠たい。
海岸の高速道路は右にうねって左にうねって少し上がって少しさがって走っていると気持ちが
いいし、景色もよい。海の上に瀬戸内海の小さな島が遠くに見えて、近くには小高い山が
出てきては消えていく。
前に、金刀比羅宮まで、伊東若冲の画を見に行った時は、よくわからなかったので高松で高速
を降りた。そこから結構長く走った記憶がある。
今回はナビがたよりだが、まだ「降りろ」とは言わない。きっとかなり近くまでいくのだろう。
やっと、「降りろ」と言い始めた。降りるとすぐ善通寺が見えて来た。
「お大師さんの土地やなあ」といいながら先に進む。
すぐに金刀比羅宮まで来てしまった。今日はお参りではないから、短時間区切りの安い駐車場
を探す。日曜だからか参詣客が多い。参詣道は人だらけだ。
それでも骨董屋はすぐそばだ。
昔から人が集まる著名な土地柄だからだろう、骨董屋さんにも面白いものが沢山ある。
特に矢立が目についたのはやはり旅する人が置いて行ったのだろう。
つぎつぎ目移りして見ていても全然飽きない。
しかし、狙いは鉄の茶瓶だ。一息に茶瓶の飛び着いたら足元を見られるかもしれんので、他の
ものを見ていたのだが、実は気があせる。
「これいくら?」、「○○です」、「もうちょっと負けてや」
「かなり錆びてるで」
「こっちはいくら?」、「△△です」
「こっちも状態悪いで、併せていくら?」、「□□では?」
「□△にしてや」、「□○にしかなりませんよ」、「うーんじゃあ間をとって、□×でお願い」
ということで負けて貰ってごきげんだ。
近くで讃岐うどんを食ってちゃっちゃと帰るとしよう。
しかし、これを綺麗に仕上げるのが大変やなあ。

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2010年05月24日

有田焼の筆筒

おとといのブログに書いたように、有田に行った。
その時に、「今年は何を買おうかなあ」といろいろ物色していた。
なかなかバシッとくるものがない。
「まあまあかな」というものばかりだ。まあ、高いモノを物色しないからしかたないと
いえばしかたない。
そのうち、筆筒が目についた。
「あれええな」とすぐ思った。
しかし、まだ来たばかりだ。これからいろいろ回らないといけない。そのうちいいのに
巡り会うかもしれない。
「これ、とりあえずおいといて」ということで陶器市を回ってきた。
結局、これとあと1点だけ買って帰った。
「今年は少ないな」
丁度筆が3、4本入る大きさだ。最近ちょっと欲しくなっていた。
画を画く時、濡れたままで、そのままおいておくのはまずい。
しかし、いちいちぶら下げるのも面倒だ。ちょっと立てておけれたらいいなあと思って
いたところだったのだ。
「ちょうどええの買ったよ」とご機嫌だ。
気分がいいので画を画こうと思い、墨を磨った。
筆を濡らして一気に画く。
貴州に旅行に行った時、少数民族の村にいったが、その時見た牛の事を想い出したのだ。
その横の対聯もいい。
「牛が勢い良くて、豚がまるまるとしていれば、農業は盛んだ」とでもいうのだろう。
もう片方がよくわからないので、この雰囲気に合わせて陸遊を詩から書いてみた。
こういうやつだ。

晩秋の農家
我が年七十に近く
世と長く相忘る
筋力幸いに勉む可く
衰を扶けて耕桑を業とす
身 老農の間に雑わる
何ぞ能く風霜を避けんや
夜半起きて牛に飯すれば
北斗 大荒に垂る
岩波文庫、「陸遊詩選」一海知義編より

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この筆筒なかなか好い感じだ。大事にしよう。
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2010年04月12日

ベトナム雑貨、キルト、バッチャン焼

ベトナム雑貨は割と気に行っている。
デザインや色合いが中国の影響があるようであるが、中国ほど派手派手しく明瞭感があるわけでは
ない。シンメトリックなものも多いが、対や対称にそれほどこだわるふうでもない。
日本の感覚とも少しちがって、温かい曖昧さといったような独特の感覚を感じる事が多い。
ただそうかと言って、買って帰って手元に置きたいというものが山ほどあるわけでもない。
どこの国でもそうだが、雑貨というものはその国の暮らしの中にあってこそのもので、だから
「用」のおもしろさ、楽しさがあるのはあたりまえだが、たまたま通りすがりの旅人の目線で
それとは違った、「用のおもろさ」を発見できたら実に楽しいことだ。
旅の中で、時間のすきまがあれば、でそういうモノに行きあたることを願って街角をぶらつくように
している。
この間、ベトナムに行った時に、ホーチミンでベトナムキルトの店を発見した。
というより、探して見つけた。
買い物街、ドンコイ通りの西側を南北に走るグエンフエ大通りを南の方に歩いて、路地を入ったり
出たり、なかなか見つからなかった。間口の小さい店だったので目立たなかったのだ。
かなり南のNgo Duc Ke通りの真ん中くらいで見つけた。
前にベトナムの友人から大きなベッドカバーを頂いたので気になっていたのだ。
ベトナムの女性の自立を支援するためのNGOが運営しているというのも良い感じだ。
楽しい物がたくさんあるが、全て手作りの為か値段は少し高いなあ。
いろいろ眺めて、結局、肩にかけるポーチのようなものを買った。
夏場に出歩く時に小物を入れて歩こう。

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その後、バッチャン焼きの店を発見。
バッチャン焼きの店は多いけど、私の好きな、トンボや花を素朴に絵付けしたモノを置いている
店は今まで知らなかったのだ。
茶器などはすでにあるので、今回は、小さな壺を購入。
唐辛子や胡椒などの調味料を入れておくのにいいかもしれない。
京都で買った、竹の小さな杓子を添えて使うとおもしろい。
しかし、杓子を入れると蓋がぴったりと閉まらない。
そのうち、強引に切り欠きをつけてしまおうかな。

さて、次は漆工芸の店を探しに行こう。
漆の工芸品はベトナム特産なので売る店は多い。
しかし、前に見つけてよく買いにいっていた店にいくと、ハーブのエステをやるみたいな店に
変わってしまっていた。残念だ。
他にも漆の店は沢山あるけれど、ちょっと趣味が合わない。
又次回探してみよう。

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