2010年12月28日

最近夢中で読んだ本の話、ジャック・ケルアック、佐々木丞平他

早いもので今年もあっという間に年末になってしまいました。
さて、皆さまにご愛読いただいています、「あじあんじゃんくしょん」は
今年一杯で閉じてしまう予定です。
来年からは、「あじあんじゃんくしょん2」をご愛読いただけますようお願い致します。
実はかなりの期間、両ブログを並行運用しながら、「あじあんじゃんくしょん」の
過去データを「あじあんじゃんくしょん2」に移行する作業を続けていました。
全部ではないですが、或る程度はできたしいつまでも並行運用は面倒なので、年末を
機会に移行してしまうことにしました。過去データは引き続き移行作業をつづけますが
それまでは過去データをお読みになる場合は面倒ですが、「あじあんじゃんくしょん」
でご覧いただきますようお願いします。
これからも、「あじあんじゃんくしょん2」を宜しくお願い致します。

ジャック・ケルアック、「オン・ザ・ロード スクロール版」
実に痛快、わくわくする本だ。とても私が生まれる前に書かれた本とは思えない。
この手にわずかな金があったら、それをつかんでロードに出よう。
バスに乗ったらどこまでも行ける。
バス代がなくなったらヒッチハイクすればいいじゃないか。
どっかに行ったら、誰か友達がいるし、それで少し金を借りたら良いじゃないか。
金を借りられなきゃ、ちょっと働いたいいじゃないか。
それで又、ロードにでよう。
話は、緊迫感に満ちている。道が前へ前へと進むように、この書かれた紙も
前にすすむ。小説ではない、物語りですらない。ひたすら前に進むのだ。
その気分のままに果てしなくロール状に書き下ろされていくのだ。
ニューヨークからデンバーまで、更にカリフォルニアまで、
行ったり帰ったり、気持ちは常に、「ロードへ!」なのだ。
こんな人は、このあとどんな暮らしをするのだろう。
そっちの方が気になる。

hon101228-1.jpg

佐々木丞平、佐々木正子、小林恭二、野中昭夫、「蕪村、放浪する「文人」」
表紙に与謝蕪村の「夜色楼台図」がある。
これだけでこの本を読んでしまった。
こんな画を描ける人はすばらしい。京の町屋にしんしんと雪が降る。
夜が更けてきた。遠くの山の稜線が月明かりにきりりとしている。
家々はしずかだ。ほんのりと灯りがともっていて人の暮らしのぬくもりが
心を打つ。
蕪村は私の大好きな画家だ。文人としての生き様も大好きだ。
飄々洒脱な感覚が感じられる。
この本を読むと、少ししか知らなかった蕪村の句の世界が大きく広がって、
まるで画を見ているようだ。
みじか夜や枕にちかき銀屏風
狩衣の袖の裏這う蛍かな
山暮れて紅葉の朱を奮ひけり
宿かさぬ燈影や雪の家つづき
牡丹散て打ちかさなりぬ二三片
メモしてたらノートが一杯になってしまった。

hon101228-2.jpg

毎週火曜は最近夢中で読んだ本の話です。
posted by さかな at 00:00| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 最近夢中で読んだ本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年11月30日

最近夢中で読んだ本の話、ルイス・デ・カモンイス、井上靖

ルイス・デ・カモンイス、「ウズ・ルジアダス」
ポルトガルにロカ岬というところがある。らしい。行ったことがないが。
旅の本を見ていると出て来る有名なところだ。ユーラシア大陸の西の端だ。
『ここに陸尽き、海始まる』という有名な詩があるそうだ。
「どんな詩やねん?」と気になって読んで見る事にした。
ポルトガルの国民的詩人、ルイス・デ・カモンイスという人の詩だそうだ。
壮大な叙事詩だ。
オデッセイのような構成で、バスコ・ダ・ガマの世界をめぐる大冒険を讃えて
いるような内容だ。
くだんの文言はなかなか出てこない。
やっと出た。第3の詩、第20章だ。
・・・・・・・
わが王国ルシタニアはこのヒスパニアにある、全ヨーロッパのいわば頭の
位置を占めて。
『そしてここで陸は終わり、海が始まっているのだ。』
それにまたポイボスが大洋で憩う地でもある。
この王国は正しい天の願いに応え、かってよこしまなイスラム教徒と戦って
武勲をあげ、これをこの地から逐い払い暑いアフリカでもなお警戒心を解く
のを許していない。
・・・・・・・・
海の民ルーススの海によせる熱い想いをつづったものだ。
最近見た映画、「コロンブス 永遠の海」を想いだした。この地の人達の
心は、「海へ」にあるのだ。

hon101130-1.jpg

井上靖、「石濤」
ある日、不思議な老人が現れて一幅の画をあずけていった。
すぐとりに来ると言って、いつまでたっても来ない。
夢だったのか本当だったのか。
どうもこの画が気になる。素晴らしい画だ。不思議な静寂、心が落ち着き
魂が吸い込まれるようだ・・・・
そしてある日不思議な老人が現れて持って帰った。
果たして本物だったのか?夢の中のできごとだったのか?
石濤の画を巡る不思議な話。表紙の画がすばらしい。
これが、本にある「湖畔秋景色図」なのだろうか。
こんな画が描けるようになりたいものだ。

hon101130-2.jpg

毎週火曜は最近夢中で読んだ本の話です。
posted by さかな at 00:00| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 最近夢中で読んだ本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年11月16日

最近夢中で読んだ本の話、立松和平、佐野眞一

立松和平、「道元禅師ー上」
先日、中国の人達を案内して福井から金沢まで行ったので、永平寺の事が頭に
残っていた。それでこの本を見つけた時すぐに読んで見る気になったのだ。
道元禅師というのは、永平寺を開いた人、正法眼蔵を表した人という漠然とした
記憶しかなかったが、最近興味深く読んでいる西行や実朝、定家などとほぼ同時代
の人であった。それに京都でもよく訪れる建仁寺とも深いかかわりがある人だと
わかって俄かに身近な人になってきた。
名家の跡取りに生まれ、天下を取る相を持ちながら、仏道に入り、比叡山に登って
道を究めようとする。しかし、本当の悟りは得られない。
正法を求めて山をおり、建仁寺の禅で修業するが迷いはとけない。ならば
真の正法を得るには宋に渡るしかないととうとう海を渡ってしまったのだ。
空海にしろ道元にしろすごいのは尽きる事のない仏教の求道の精神とそこからくる
博学に加えて宋にいくなら宋の言葉を徹底的に勉強している事だ。
いくら想いが溢れていても言葉が通じなければ何もできない。
そしてとうとう真の師たる人に巡り合う。
さて、どんな悟りを開くのであろう。
そして、いつ日本に帰る。日本に帰って何をする。
まあ、実際はわかっている事だけど、立松和平の饒舌は冒険物語のように読者を
運んでくれる。

hon101116-1.jpg

佐野眞一、「上海時間旅行ー蘇る”オールド上海”の記憶
題名に惹かれて読んでしまった。
今まで上海からみで読んだ人達が一気に網羅されて出て来る、出て来る。
横光利一、金子光晴、里見甫、内山完造、魯迅、李香蘭、川島芳子・・・・
断片の知識の総集編みたいで、楽しい。
実に様々な人達が上海の妖しい魔力にとりつかれ、ここを舞台に命を燃やしたのだ。
「オールド上海」、「魔都上海」などと言葉は心踊るが、
いまも昔も、儚く危うい、まやかしの大都会なのかもしれない。
えらい人も普通の人も、金持ちも貧乏人も、賢い人も馬鹿な人も、一度行ったら
とりつかれないように気をつけないとあきませんよ。

hon101116-2.jpg

毎週火曜は最近夢中で読んだ本の話です。
posted by さかな at 00:00| 大阪 | Comment(0) | TrackBack(0) | 最近夢中で読んだ本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年11月02日

最近夢中で読んだ本の話、金子光晴、秋里籬島他

金子光晴、「アジア無銭旅行」
金子光晴は大好きなので、この本も題名に惹かれて読むことにしたのだ。
ねむれ巴里、西ひがし、どくろ杯、マレー蘭印紀行などが実にすばらし
かったからだ。しかし、この本はこれらの本から抜き出して再編集した
だけのようで、特に目新しい文はなかってがっかりはしたが、
思い出し思い出しして読むのも又楽しみのひとつだ。
・・・その手を引き抜いて、指を鼻にかざすと日本人と少しも変わらない
強い糞臭がした。同糞同臭だと思うと、「お手々つなげば、世界は一つ」
という・・・
立松和平のようにこの人の足跡を追って、マレーの地を巡ってみないと
いけない気持ちがしてきた。

hon101102-1.jpg

秋里籬島、竹原春朝斎、「摂津名所図会」
こういう本があると知って、図書館で借りてきた。
そのなの通り昔の摂津の国の名所を紹介した本だ。
こういう本にのっている画が面白い。
当時の風景だけでなくそこに暮らす庶民の暮らしが生き生きと描かれて
いるからだ。
ここでも、天下茶屋や住吉神社、箕面の滝など今でもよくわかる名所が
沢山あって、今と昔の違いを想像すると面白い。
こういう画で、歩く人、立ち話する人、すわってご飯を食べている人
いろんな人の描き方などもやっぱり参考になる。

hon101102-2.jpg hon101102-3.jpg

hon101102-4.jpg

毎週火曜は最近夢中で読んだ本の話です。
posted by さかな at 00:00| 大阪 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 最近夢中で読んだ本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年10月26日

最近夢中で読んだ本、レズリー・ダウナー、木津雅代

レズリー・ダウナー、「マダム貞奴」
この本は実に面白い。日本人でなくて外国人が書いたなんてとても信じ
られない。普通の日本人ではわからない芸者の世界や役者の世界の事も
実によく調べて理解している。
それにしても貞奴、これほどの人とは知らなかった。
日本初の国際女優にして、国際エンタティナーだ。
日本でよりも、より海外で有名だった人だ。それだけ海外で苦労した
ということもあるだろう。
読んでいるだけで応援したくなる、「日本がんばれ!!」だ。
当時のフランスの大舞台女優、サラベルナールと肩をならべる評判を
とったとか、ピカソのモデルになったとか、ロダンからモデルを申し
こまれて断ったとか、
いろいろかっこ好いじゃないか。
元気がでるね。

hon101026-1.jpg

木津雅代、「中国の庭園」
これまでも何度かこのブログで話題にしている、中国の庭園の話は
この本を読んだことからきているのだ。
上海の豫園を復興した記録を詳細に説明しながら、中国の庭園の
つくりの解説をしてくれている。
豫園は何度か行ったことがあるから、説明を読みながらなるほどと
なっとくできることが多かった。
それから、蘇州の庭園の話になり、これまた沢山いったところが
でてくるので、いろんな事が理解できて面白かった。
「小中見大」、「正中求変」の技を駆使して、山水の錬金術を行う
のが中国の造園技術の粋なのだ。
「なるほど」とよくわかる。
しかし、時にやかましい。

hon101026-2.jpg

毎週火曜は最近夢中で読んだ本の話です。
posted by さかな at 00:00| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 最近夢中で読んだ本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年10月19日

最近夢中で読んだ本、辛永清、ナム・リー

辛永清、「安閑園の食卓―私の台南物語」
台湾には2度ほど行ったことがあるが、台北ばかりで、南の方には行ったことがない。
しかし、前に台南を舞台にした映画をみたりしたので、台南が気になっていた。
これは、その台南が舞台の本である。
最初はいわゆる美食本かなと思って読んでいた、確かに台南の食事の事が微に入り
細にわたり描かれていて楽しいが、それよりもそれにまつわる台湾の暮らしの話が
はるかに面白い。
日々の暮らしが目の前に立ちあがるには、食事を通してにかぎるというわけだ。
日々の暮らしと食べ物、病気になったら食べるもの、特別な時に食べるもの、
お嫁さんがきたら、
不思議なおやつ、
家長の誕生日の大宴会は?
それに宝石行商のおばちゃん。村の情報源兼情報ばらまき屋兼結婚あっせんおばさん、
ネタやちがうが、日本にも昔はこんな人がいてたなあ。、
いろいろ楽しい。そしてちょっと哀しい。
台南に是非行きたくなった。
萬川饅頭店、絶対行くぞ!

hon101019-1.jpg

ナム・リー、「ボート」
珍しい、ベトナム作家の本だ。ボートピープル出身と書いてあったので興味を抱いて
読んだ。
短編集だ。
ベトナムを描いた本は沢山よんだ。最初は開高健だった、それから近藤 紘一の本、
沢田教一にまつわる本、おもにベトナム戦争にまつわる話だ。グレアム・グリーン
もすばらしかった。こういうのを読みながら想いをつのらせてベトナムに行ったり
したのだった。
しかし、ベトナム人の本は初めてだ。ボートピープルのボートの暮らしを描いている
ところは随分魅力的だ。
前にホーチミンからフエへの列車に乗ったときに、アメリカから里帰りした夫婦と
乗り合わせた話をした。いろいろ親切に相手をしてくれたが、どことなく深いもの
を持っているような気がした。ボートピープルかどうかはわからないが、何かしら
の辛酸を経て来たような空気がどことなくあったのを思い出した。
他の部分はどうだろう。

hon101019-2.jpg

毎週火曜は最近夢中で読んだ本の話です。
posted by さかな at 00:00| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 最近夢中で読んだ本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年10月12日

最近夢中で読んだ本の話、阿刀田高、ダイ、シージエ

阿刀田高、「街のアラベスク」
普通の街のごく普通の街角、そこにあるごく普通の暮らしを描いているようで
実は何かスイッチが入って、ありそうであらざる妖しい世界に入って行く。
・・・桐の木って良い部分は琴なんかに使われて、お金持ちのお嬢さんの
もちものになったりするけれど、悪い部分は下駄になってずっと人の足に
敷かれている。・・・時には、そういう桐の下駄が魔性を持つことがあるそうだ。
そんな時その魔性の下駄をはいていた人は、・・・・どうなる?
・・・気になる女の子の真っ白な首筋にぽつんと小さなほくろが・・
「ほくろって吸ったら小さくなるんだよ」・・気を引くために?
「吸ってよ」・・・「えっ?」・・
ある日、封筒がとどく、開いたら、何も入って無い。
くちなしの花の香りだけが・・・
貴方の右手の二本の指は・・・何を覚えてる?
・・・・
・・・・
妖しい世界。

hon101012-1.jpg

ダイ、シージエ、「月が昇らなかった夜に」
「小さな中国のお針子」という本を書いた人の小説だ。
中国、清朝最後の皇帝、溥儀が日本軍の飛行機で満州に運ばれる時に、
わざとか誤ってか、ある貴重な書を落とした。
それを拾った人が・・・
誰も読めない文字を記した謎の奇書を巡って、中国から、フランスから
仏典の始まる国から、
想念の中を巡り巡る奇妙は話だ。
こういう象徴的な話を書く人は中国人作家では珍しいと思う。

hon101012-2.jpg

毎週火曜は、最近夢中で読んだ本の話です。
posted by さかな at 00:00| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 最近夢中で読んだ本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年10月05日

最近夢中で読んだ本、ドストエフスキー

ドストエフスキー、「カラマゾフの兄弟ー3,4、5」亀井郁夫訳
カラマゾフの兄弟は、一気に読んでしまったので一気に決着をつけよう。
1、2の感想でも書いたがこの翻訳を読んでいると全く違う本を読んでいるようだ。
とうとうあのおやじが殺された。
誰が見ても犯人はがさつなミーチャか?いやいや実際は?
理論家のイワンか?、げすのスメルジャコフか?
まさか聖人アリューシャか?
グルーシャンカの愛は本物か?
何と言ってもリーズの存在が気になるなあ?
アリューシャはどうなるんやろ?
推理小説を読んでいるような謎解きが始まる。
しかも、いろんな伏線が一杯だ。実に楽しいし、やっぱり深い。
人間の生き方や弱みについても深く考えさせてくれる。
難解な純文学がこれほど面白いとはおどろきだ。
しかも、5の解説によると、ドストエフスキーはこの話の続きを構想していたらしい。
その為の伏線も沢山埋められているという。
是非ともお薦めの本ですよ。

hon100929-1.jpg hon100929-2.jpg

hon100929-3.jpg

毎週火曜は最近夢中で読んだ本の話です。
posted by さかな at 00:00| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 最近夢中で読んだ本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年08月03日

最近夢中で読んだ本、吉田修一、ドストエフスキー

吉田修一、「キャンセルされた街の案内」
この表紙が気に入ってこの本を読み始めた。
地図がデザインされている。どうやら旅の本らしい。
しかし、唯の旅の本ではなかった。
心象の中を旅するのだ。
どこか知らない街を歩いていたとしよう。評判の美味しい店をやっとみつけた。
裏通りの小汚い店だ。入りにくい。どうしよう?
こっちから見たら
「今、入ろうとした人がいたね」、「そう?」
「それで、あんたは・・・・・・・普通の生活がある。
厭な居候がいる。
「あの人いつまでいるの?」、「いいかげん出て行ってほしいね」
上手な居候がいる。
「えっ、あの人もう一月いるの?」、「忘れてた」
ぼんやりとこんな事を考えながら読んでいた。

hon10083-1.jpg

ドストエフスキー、「カラマゾフの兄弟ー2」亀井郁夫訳
この人の翻訳は確かに面白い。どんどん読んでしまう。
読んだら次が楽しみだ。こういう思いは久しぶりだ。
さて、役者が出そろった。
それぞれのカラマゾフがそれぞれの個性を発揮して動き始めた。
フョードルとミーチャの恋の鞘当ってほんまの話?からかわれてるだけ?
孤高のイワンとスメルジャコフ、
アリューシャは本当に正しいだけの人?
お金は手に入るの?
ゾシマ長老は本当に聖人?
いろんな伏線の中で事件にむかってひた走る人達。
たった一晩でこれほどの事が起きるのだ。

hon10083-2.jpg

毎週火曜は最近夢中で読んだ本の話です。
posted by さかな at 00:00| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 最近夢中で読んだ本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年07月27日

最近夢中で読んだ本の話、F・ジロー、ドストエフスキー

F・ジロー、「ピカソとの生活」
この本は、当にこの題の特集をテレビでやっていたので興味を抱いて読んでみたのだ。
F・ジローという人は唯一自分からピカソと決別した人だと言っていた。
自力でピカソの魔力から逃れたのだと言うのだ。それほどピカソには女性を魅了する
存在感と魔力があったのだろう。同時にいろんな女性が出てきて、いろいろな出来事が
当然のことのように起きて行く。そう言う話も面白くはあるが、実際に知りたかったのは
ごく身近にいる人が見ていたピカソの作画のようすだ。
常に大胆で独創的、この世にはないものを初めて世の中に送り続けた人だ。
どうやってたんだろう。
よくわかったのは偶然のものは一つも無いということだ。どれほど抽象的は作品であっても
極めて精密に検討され、作為され、試行錯誤の上に創り上げられたということだ。
あの超絶な色彩と造形の感覚は意図的に計算されたもので、
「えいやあ」、「さっさ」と感情のおもむくままに生まれ出た物ではないと言う事だ。
ピカソほどの天才にしてそうなのだ。
惰性や適当で描かれた線や色は一つも無いのだ。
やっぱり画の道はこうでなくてはいけない。
あらためて感動した。
頑張らなくては。

hon100727-1.jpg

ドストエフスキー、「カラマゾフの兄弟ー1」亀井郁夫訳
今回はこの訳者が課題なのだ。
ある人に教えて貰った。この翻訳をした人のドストエフスキーに対する思い入れはすごいと
いうことだ。だからこういう思いでドストエフスキーと対峙している人なら、その翻訳を
是非読んでみたいものだというのだ。
「ならば」と私も読んでみた。
勿論、これほどの名作、青年時代にしっかり読んでいる。
つもりだったが、よく考えたらあまり覚えていない。えらく難解だったという印象だけが
残っている。
読み始めたら、「これはすごい」、まるで別の本みたいだ。
どんどん読める。文章にドライブ感があるのだ。
先へ先へとどんどん読み進めさせるリズムと高揚感が気持ちよくて休むのが惜しい位だ。
確かに、細かい言葉遣いや言い回しが、「こんなんでええんかなあ」と思わないでもない
部分もないではないが、そんな事はどうでもいい。
フュードル、ドミートリー、イワン、アリューシャ、カラマゾフ的人格が眼の前に鮮やかに
立ち上がってくるかのようだ。
さて、一幕の殺人事件の始まり、始まり!

hon100727-2.jpg

毎週火曜は最近夢中で読んだ本の話です。
posted by さかな at 00:00| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 最近夢中で読んだ本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年07月20日

最近夢中で読んだ本の話、鈴木牧之、田代慶一郎

鈴木牧之、「北越雪譜」
図書館に注文していたこの本がもよりの館に届いたとメールが入った。急いでとりに行った。
「古い方と新しい方のどちらがいいですか」もちろん古い方がいいに決まっている。
古い方は間違いなく旧漢字だし、旧かなづかいだ。著者名も右から左に流れているではないか。
古びている方が味がよい。
大分前のブログで新潟、塩沢の酒、鶴齢を紹介した時、「北越雪譜」が書かれた土地でできた
酒とあった。それで興味を抱いて読んでみたのだ。
これは素晴らしい本だ。酒を飲みながらじっくりと味わうに足る本なのだ。
画もいい。挿絵というより一幅の画だ。京水百鶴とある当時有名な絵師だったのだろうか。
昔、北越が今よりもはるかに雪が深かった時代の話だ。
1年の半分近く雪のなかにひっそりと暮らす日々のなかでおきたさまざまな逸話を拾い集めて
一幅の画にもし、お話にもしながら綴りあげたものだ。
ここは鮭が産卵にくる地でもあった。例えば、雪凍る真冬の夜、病気の母の為に、鮭をとろうと
苦心している夫の様子を見にいった妻が、さぞ寒かろうと川からあがってきた夫の為に松明を
2,3本残しておいた。ところがその愛があだになって、その松明が、夫の命綱を焼き切って
しまったのだ。夫は行方知れずになってしまった。
この地は雪がつもると田も畑も一面真っ白でどこになにがあるかわからなくなってしまう。
そんな時でも、手慣れた百姓は、あやまたずに自田のこえおけを一瞬でさぐりあててしまうのだ
そうだ。
かき氷の元となったけづり氷の話、天麩羅というものを考え出したという話、小千谷ちぢみの話。
楽しい話が一杯だ。
峨眉山から流れ着いたという、峨眉山の道案内標識の話まである。中国からはるばる流れ着いた
というまことしやかな話も伝わっているのだ。
おもろいおもろい。

hon100720-1.jpg

田代慶一郎、「夢幻能」
加藤周一の映画、「しかし、それだけではない」を見ていた時、「夢幻能」が出て来た。
何で夢幻能がでてくるんやろうと気になって、夢幻能の本を読んだのだ。
夢幻能というのはこの世とあの世の交錯する世界を創ったものだった。
世阿弥の頃の幽霊は後の世のおどろおどろしい妖怪もどきの存在ではなくて満たされぬ魂の
ようなものであったらしい。薩摩守忠度が和歌の師、俊成に認められその歌を勅撰集に採用
されながらも、平家であることを憚ってよみ人知らずとされたのが彼の怨念であった。
ワキが現れる。諸国一見の僧、実は俊成ゆかりのものだ。旅の空、たまたま(実は霊のみちびきで)
ゆかりの地に行きあたる。村人がシテとなって現れる。
たちまち辺りの空間は夜になり、時空がつながって忠度の霊があらわれる。
そして、俊成の子、定家に読み人の名を記すよう頼んでくれと懇願する。
是非、本物の能を見てこの夢幻時空の世界を体験してみたいと思っている。

hon100720-2.jpg

毎週火曜は最近夢中で読んだ本の話です。
posted by さかな at 00:00| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 最近夢中で読んだ本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年07月13日

最近夢中になって読んだ本、ロバート・カーソン、伊坂幸太郎

ロバート・カーソン、「46年目の光」
これはすごい本だ。最初は、いわゆるサクセスストーリーとか根性モノ、様々な困難を
克服して奇跡を起こした男の物語りと受け取っていた。
だって副題は、「視力を取り戻した男の奇跡の人生」と書いてある。
確かにそういう話でもある。しかしそれ以上に、「人間の眼」というものの素晴らしい
働きを解き明かしてくれているのだ。
よくえらい坊さんとか、まじない師とか、魔法使いとかがあらわれて、眼が見えない人
に触れたらたちまち眼が見えるようになったとかいう奇跡の話があって、そんなすごい
こともあるもんだと信じる人も信じない人もいるが、そんな話は全て、眼が見えるように
なった時点で、眼が見えていた人と同じになるという事があたりまえの前提になっている。
しかし、実は違うのだ。物理的に眼が急に見えるようになっても、眼が見えている人と
同じ対象認識はできていないのだ。
ただ光が平面的にどっと押し寄せてきて何が何やらわからないのだ。
何かの輪郭と認識したり、それがモノなのか動物なのか顔なのか手なのかを理解したり
奥行き感、立体感で全体を見渡したりという働きは全て学習によるものなのだ。
眼が見え始めてからずっと、脳の中のニューロンと視覚が協力しあって人間の「見える」
という機能を完成させていくのだ。
もし、生まれて早いうちに視力を失って、何十年もその機能を使わなかったら、それに
携わるニューロンは別の用途に割り当てられてしまって、再び見えるようになっても
学習する機能が失われてしまっているのだ。
したがって、見えるようになったことが、「モノを見て暮らす」ことにはつながらない事
が多いのだ。
やっぱり人間はすごいのだ。
「モノを見る」というのは学習だったのだ。

hon100713-1.jpg

伊坂幸太郎、「アヒルと鴨のコインロッカー」
これって推理小説の一種なのか?
なかなか面白い。楽しい本だ。
ブータンは仏の国。祈りの国。争いは無い?
誰もが生まれ変わりを信じている?だから死ぬのは怖くない?
「あんなやつらは鳥葬にしてしまえ」
「鳥葬って殺し方じゃなくて、死んだ後の弔いかた」
さて、何がおこるのでしょう。
あなたは、あした本やを襲いますか?日本人より日本語がうまいガイジンと。

hon100713-2.jpg

毎週火曜は最近夢中で読んだ本の話です。
posted by さかな at 00:00| 大阪 ☁| Comment(2) | TrackBack(0) | 最近夢中で読んだ本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年07月06日

最近夢中で読んだ本の話、老舎、ヘルタ・ミュラー

老舎、「茶館」
この本は昔どうしても読みたくなってネットで探した事がある。
しかし、新本ではもう売ってなくて既に廃刊になっていた。古本ではあったが、プレミアが
ついて相当な値段になっていた。それほど人気になるほど知られた本でもないやろうと
思ったが手に入らないものはしかたがない。すっかり諦めて、中国語の勉強がてら、原語の
本を見ていた。しかし、見るだけで読むと言うところまではなかなか至らない。
最近は本は買うよりも、基本的には図書館を使うようにしている。それではたと思い当たった。
「茶館」も図書館で探したらええやんか。実に簡単な事だった。
検索するとやっぱりあった。それも中国語との対訳本だ。これなら中国語の勉強にも丁度
ええわと早速借り出した。
やっぱり老舎はええわ。
革命前夜の頃の物騒な混乱期、北京に一軒だけ残った、昔ながらの茶館に集まる人達の
話だ。
茶館といっても茶を飲みにくる人もいれば、一杯の牛肉麺を誰かにたかるしかなくて
よりついてくるものもいる。金を借りに来るものもいれば、何かのあやしい交渉事に
来るものたちもいる。腐敗して崩壊しつつある大国の首都の縮図があるかのようだ。
老舎の筆でそういう人達が生き生きと立ちあがってくる。そして苦しみのたうって、
結局は死んでしまうのだ。
老舎を読むといつも北京に行きたくなる。
もうあんな茶館はないが、胡同の奥のくずれた塀の間から覗きこむと、四合院の
なごりだけが残った家の前で上半身裸のおっちゃんが夕涼みしている。
その横でおばちゃんが立ったまま麺を食っている。
北京の夏はどこまでも暑いのだ。

hon100706.jpg

ヘルタ・ミュラー、「狙われたキツネ」
これは又シュールな本だ。
よくわかるようで難解だ。難解なようで不気味さが良く伝わってくる。
チャウセスクのルーマニア、盗聴と密告と恐怖政治の時代だ。
例えばこんな風だ
・・・・・
ガチョウのご馳走を食べ終わると、みんな黙りこくってベッドに向かい、ぐっすり眠り
込もうとした。というのも誰もがパンにまぎれこんだ死者の髪の毛の話を引きずったま
ま眠りについたからだった。そしてこの夜の眠りは、この晩のできごとをひどく恥じて
いたので、みんなの心の奥深くまでもぐり込んで早く忘れさせてやろうとしたのだ。
・・・・・
そしてチャウセスクくは処刑された。
・・・・
「心臓の代わりにあの人たちは体の中に墓地をかかえてるんだわ」とアディーナが言った。
「あの人たちの頭ん中には、ただ死者ばかりが埋められているんだもの。死者たちは
みんな凍ったラズベリーみたいに小さくて赤い血を流してるんだわ」
・・・・・
それでも世の平和は見せかけだけだ。

毎週火曜は最近夢中で読んだ本の話です。
posted by さかな at 00:00| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 最近夢中で読んだ本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年06月29日

最近夢中で読んだ本の話、堀田善衛

堀田善衛、「定家明月記私抄」、「定家明月記私抄」続編
定家の時代は沢山の貴族が日記を書いていたようだ。
いついつどんな行事が何のためにどこで行われたか。参加したのは誰と誰でそれは
どんなふうに決められたのか。どんな服装でいったのか、服装の色はどうで材料は
何なのかそれはなぜなのか、歩いて行ったのか馬に乗ったのか輿に乗って行ったのか、
共は何人でどういう人たちだったのか。そう言う事を事細かく書き記していたのだ
そうだ。何故かと言えば、何をするにも先例にのっとらなければならないし、勝手な
ことをするわけにはいかないので、行事を担当したり、参列したりするばあい、
解らなければこういう日記を参考にするしかないのだそうだ。自分の日記に書いて
いなければ他人のを借りないといけない。それでも貸して貰えない場合もあると
定家も日記の中で愚痴っている。

・・世上乱逆追討耳ニ満ツト雖モ、之ヲ注セズ。
紅旗征戎吾ガ事ニ非ズ。・・・・
すごい言葉がでてきた。
世は戦乱の時代だ。平家が出てきて、栄華を極めたかと思うと、源氏が出てきて
滅ぼされる。その間に何度戦があったことか。
都も荒みきっている。
そんな中で、そんなのはやかましいだけだ。しったこっちゃないと怒っているのだ。
その文章すら白氏文集を引いている。
この時代、日本の精神文化が世界でも例を見ないほど洗練の極みに達していた。
それゆえにかどうか男女のモラルなども全く意識の外だったようだ。
さらそれ故にかどうか、戦乱の中、暮らしぶりは没落する一方だ。
一方では武士が刀と規律をひっさげて都を支配しようとしている。
そんな中でかたぶつのようでいて、沢山の妻や子をもうけ、日々の悩みは出世が
遅い事。荘園から金が入らない。
乗って行く馬がない。着て行く着物がない。
日記のあいまからぶつくさぶつくさ口をいっている定家の姿が立ち上がってくるようだ。
和歌の家のオーソリティ、総元締めの権力者のじたばた生活が楽しくうかがえる。
でも、この本のように整理して解説がしてなければ、そのまま読むなんてとても無理
だと思う。

hon100629-1.jpg hon100629-2.jpg

毎週火曜は最近夢中で読んだ本の話です。
posted by さかな at 00:00| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 最近夢中で読んだ本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年06月22日

最近夢中で読んだ本、吉田修一、伊坂幸太郎

吉田修一、「横道世之介」
空手の有段者がおって、またそいつが酒癖が悪い。その上に極度の近眼だった。
「○○が酔うてあばれとるぞ」というと誰かれなく逃げ回ったものだ。
たとえ親しい友達でも、さきに「わしや△△や」と声をかけないと見えへんからどつかれる
危険がある。それでも愛すべきやつだった。
「わしは10分あったらどんな女でも口説きおとして見せるで」と言うてるやつもおった。
「なるほど」と思える時もあったが友達にすると後悔することになった。
酒で身を持ち崩したやつもおった。文字通りだがしょうがない。
何でかわけもわからずどうにもならんようになってたやつもおった。これも難儀やがしょうがない。
どうしてあんなに毎日毎日同じ連れがつるんで同じことばっかりやってこれたんやろ。
青春時代を語ればきりがない。
だれもが、輝かしい思い出も持っているものだ。
でも結局は多かれ少なかれ似たようなものであるのかもしれない。
この本のように横道世之介には出会えなかったけど、
ちょっと苦くもあるけど、楽しい日々だった。
この本を読んで、そんなことなどを少々想い出した。
爽やかな後味の良い本です。

hon100622-1.jpg

伊坂幸太郎、「陽気なギャングが地球を回す」
前に、同じ作者の「陽気なギャングの日常と襲撃」という本を読んだ話をした。これはその
前篇にあたるのだろう。図書館で同時に予約したら、こちらの方が人気があって、順番待ちが
長かったのだ。
内容は殆ど同じ。
誰でも一度は、「かっこいい強盗をやってみたい」、「それも完全犯罪の」なんて思う事は
あると思う。実際にやったらあかんので本に書く事になるのだろうか。
そうなると「やった」だけではおもろくないので、「コケてもみせる」ことが必要になるので
あろう。そして話はだんだんと楽しくなっていく。
伏線が一杯、たくらみが一杯の痛快で楽しめる本です。

hon100622-2.jpg

毎週火曜は最近夢中で読んだ本の話です。
posted by さかな at 00:00| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 最近夢中で読んだ本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年06月15日

最近夢中で読んだ本、エリオット・へスター、オルファン・パムク

エリオット・へスター、「地獄の世界一周ツアー」
フライトアテンダント爆笑告白記とある。前のフライトアテンダントものの続編みたいな
ものだ。
確かに面白い。本が成功したからか、いろんな事情があったのか、フライトアテンダントを
やめた著者が世界一周旅行に出る話だ。
この人の旺盛な好奇心でおのずといろいろな事件に巻き込まれていくのは読んでいて楽しい。
本当はシリアスになってしまうような事でも明るくとらえてしまうと楽しい笑い話になって
しまうこともある。そういう姿勢はいいかもしれない。
「こんな旅ができたら楽しいやろな」と思わせる話が満載だ。
行った事がない国も多いのでおおいに参考になる。
ちょっとうけを狙った描き方が気にならないでもないが、文庫本なので旅のおともに持ち歩いて
楽しむのにいいものだ。
軽くて楽しい。

hon100615-1.jpg

オルファン・パムク、「イスタンブール」
表紙の写真と副題「思い出とこの町」でいっぺんに惹きつけられた。
イスタンブールと言えば、行ったことがないし、今までは中東の陽気で賑やかな街という
イメージを持っていた。東西の交通の要所であるとか、その要になる港町であるとか、
過去のトルコ繁栄の中心になったところであるとかの教科書的な知識が引き起こすものだ。
表紙の写真を見て、中をパラパラと見ていたら、まるでノスタルジックな石版画の世界だ。
霧の中のボスポラス海峡、ブルー・モスク、アヤ・ソフィア、トプカピ宮殿、
雨に煙る街。路面電車。
そして、想い出の中にある景色と共に、過ぎてきた過去の事、家族の暮らし、父や母の事、
淡々とそして実に詳細に語っていく。
イスタンブールの暮らし、人々の暮らし、それらがどんなふうに語られてきたのか、
どんなふうに描かれてきたのか。
こんな風景に出合えるのなら、是非一度行ってみたいものだ。
しかし、心のうちにある風景は、ちょっと通りすがっただけで簡単に覗けるもの
ではないだろう。
でもやっぱりええとこやろうなあ。
この本分厚くて読むのはちょっと大変です。

hon100615-2.jpg

毎週火曜は最近夢中で読んだ本の話です。
posted by さかな at 00:00| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 最近夢中で読んだ本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年06月08日

最近夢中で読んだ本の話、一海知義、小路幸也

一海知義、「漢詩道場」
最近よく陸遊の詩のことがブログに出て来ると思うが、それはこの本を読んだからなのだ。
学生時代は漢詩が好きだったので漢詩を本を買って読んだりしていたが、そう言う本の
翻訳と解説によく名前が出ていた人なので名前は覚えていた。
今回ちょっとしたきっかけでこの本を読んだのだが、漢詩を読むと言う事に関して目を
洗われる思いを抱いた。
これは、詩の解説というより、如何に詩を読んで理解するかという事を学ぶ題名通りの
道場なのだ。
漢詩という独特の世界の中で其々の言葉が美しく響き合って有る時は優雅に、有る時は
哀しく、あるときは酒に酔って戯れれている様を読み取るのだとしても、殆どの言葉、
言葉には出典がある、あるいは出典の出典がある。そしてその言葉が何故使われたのか
その出典をどのように理解したうえでその言葉の意味を考えればいいのか、作者の
生活環境はどうなのか、歴史背景はどうなのか、一言半句をもおろそかにしないで明らかに
することで初めてその詩を理解したといえるということなのだ。

「孔子の弟子の○○が、昼寝をしに抜け出すと言って、孔子に怒られる話があるやろ、
あれはなあ、あの昼寝というのは、女性と昼寝をするという意味なんやで・・・
そやから怒られるんや・・・」
なるほどそういうことやったんか。

一海÷2=半解ということで半解先生大活躍の本。
実におもしろいが、難しい。
これで陸遊が好きになった。

hon100608-1.jpg

小路幸也、「東京バンドワゴン」
ほのぼのとした推理小説。
いろんな事件が起こって、それを解決する。それが推理小説だが、この本の中に入って
いくと、事件が起こってもいいし、起こらなくてもいい。解決してもいいし、解決しなく
てもいい。
東京の下町に実際にありそうな古本屋。又はあってほしいような古本屋。
たあいのないような、良く考えたら深いような、そんな出来事が時々起こるだけの話。
たかがそんな話だが、そんな話を読んでいたくなる。
こんな人達と一緒に暮らしていたくなる。
そういう本だと思います。

hon100608-2.jpg

毎週火曜は最近夢中で読んだ本の話です。
posted by さかな at 00:00| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 最近夢中で読んだ本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年06月01日

最近夢中で読んだ本、北大路魯山人、伊坂幸太郎

北大路魯山人、「料理王国」
有名人の古典的な名著という話もあったので何時かは読みたいと思っていたが、急に気が向いた
ので読む事にした。
書の名人から料理の名人となり、焼き物の名人となった人。
傲岸不遜、奇人、変人、天才と言われている人の料理の本だ。
しかし、読んでいて段々腹が立ってきた。
全く尊敬できない人だ。
天才だから、素晴らしいモノを生み出す人だからどれほど傲岸であってもいいという事には
ならないと思う。
窮極の芸術家は変人、奇人、エキセントリックな人が多いというかもしれない。
しかし、この人はそういうスタイルを敢えて作っているようなわざとらしさが感じられて
好きになれない。
私は、「人はモノを極めるほど謙虚になる」ものだと思っている。
トゥールダルジャンのソースの考え方が気に入らなけらば、それは最初からわかっているの
だから食べに行かなければいいと思う。食べに行って、能書きを垂れて、ワサビと醤油で
食うのはパフォーマンスとしか思えない。
いやなやつの話だが、結構夢中で読んでしまった。

hon100601-1.jpg

伊坂幸太郎、「陽気なギャングの日常と襲撃」
この人、えらい人気のベストセラー作家何だと言う事に気がついた。
図書館で予約してもなかなか順番がまわってこないのだ。やっと順番が来たが、シリーズモノ
でも順番通りに読めないが仕方がない。
実に愉快なサスペンスだ。
特別仕立ての殺人事件が起こらなくても、人生の機微と複雑にからみあう動機をあれこれ
探らなくてもサスペンスは成り立つのだというのを知った。
陽気でクールでちょっとエキセントリックな男と女が集まって、実にクレバーな銀行強盗を
あざやかにやってしまう。
いや楽しい。
話の中に周到な仕掛けがある。たくらみがある。
そして話はだんだん意外な方向へ。
こういう展開が楽しくて一気に読んでしまう。
こんなギャング、実際にいてもいいかもね。

hon100601-2.jpg

毎週火曜は最近夢中で読んだ本の話です。
posted by さかな at 00:00| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 最近夢中で読んだ本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年05月25日

最近夢中で読んだ本の話、崎谷満、萩耿介

崎谷満、「DNAでたどる日本人10万年の旅」
素晴らしい本だ。大感動だった。
論文のような本だが、「すごい、すごい」とつぶやきながら一気に読んでしまった。
日本人のDNAについての本だ。人類と言うのは、アフリカのどこかで発生した、もともと
一つのDNAから始まると言う。それが3つにわかれ世界中に広がって行ったという事らしい。
そして、先住した民族のDNAは後から移住してきた民族に滅ぼされ、そのDNAもなくっていく
というのが普通だと言う。
ところが日本の場合は違っていて、現在でも複数のDNAが残っているという。
北方から、アジア大陸から、南方から民族が移動してきて、旧石器時代をつくり、稲作の時代
を作ったとしても、決して元からいた民族を滅ぼしつくす事はなくて、共存していたのだという。
良い話ではないか。
だから、せっかく共存をつづけてきた、それぞれの民族の文化の根源的なものが、蝦夷などのように
少数民族においやられ消えていこうとしているのは大きな問題であり、むしろ大自然と共存して
生きて行く知恵を持つその文化の方にこれからの時代は学ぶべきものは多いのではないかと言う事だ。
どんな事についても右肩上がりにしか考えられない。
より多く、より高く、より○○が生きる目的の全てになりかねない我々又は私への大きな警鐘
なのだと受け取った。

hon100525-1.jpg

萩耿介、「松林図屏風」
長谷川蕭白展が来るというので、興味もあったし、事前学習の意味で読んだ本だ。
長谷川等伯と言う人がどういう時代を生きたのか。
狩野派全盛のなかでどうやって一派を築き得たのか。
桃山時代末期、武士たちの戦いの時代でもあり、秀吉の絢爛豪華な時代でもあった。
絵師達の生きざまも強烈であったろう。
その中で長男久蔵との確執とその死が何をもたらしたのか。
そして、「この世ならぬ画ができた」、それが松林図屏風だという。
智積院の楓図は展示されていたが、久蔵の「桜図」はなかったので、見に行ってみようかなあ。

hon100525-2.jpg
posted by さかな at 00:00| 大阪 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 最近夢中で読んだ本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年04月13日

最近夢中で読んだ本の話、辻邦生

辻邦生、「西行花伝」
「丹生都比売神社って書いた方に行ったらええはずやね?」
ちょうどこのあたりは道が新しくなって、記憶にある標識が見当たらない。ぐるぐる回って
やっと見つけた。小さな山を越えて天野山丹生都比売(にゅうつひめ)神社に向かう。
このあたり今では世界遺産の地だからかハイキングを兼ねた観光客が多い。
大分以前の記憶だが、このあたりに西行の暮らした庵の跡があるはずだ。
最近西行に少し興味を抱いて、辻邦生の、「西行花伝」を読んだ。
前に、辻邦生の本阿弥光悦や尾形光琳、角倉了依の事を描いた「嵯峨野明月記」や
ボッティチェルリの事を描いた「春の戴冠」を読んで、人物像を浮かび上がらせるやり方が
すごいなと思っていたので、この本を読む事にしたのだ。
先のベトナムの旅の列車の中でずっとこの本を読んでいた。
おかげで長い長い列車の旅も退屈しないですんだし、本も読みきれた。

紀州、田中荘に生まれた佐藤義清という男が、北面の武士としておのれの居所を作り上げよう
としながらも、次第に世の中の矛盾と不条理に思い到り、歌の道に入る。
或いはそれは、道ならぬ恋に思いを焼き尽くした結果なのかもしれない。
「この世の花は虚妄の花」と思い窮め、虚空を生き切る。
それが真実の歌の世界であって、
「歌詠みが花と言い、月と言うとき、それは真如の花であり、真如の月」となるのだ。

弓張の 月に外れて 見し影の やさしかりしは いつか忘れん
捨てしをりの 心をさらに 改めて 見る世の人に 別れ果てなん
花に染む 心のいかで 残りけん 捨て果ててきと 思ふわが身に

天野の里は、山桜がまだ美しく咲き残る峠をおりていくと、「ホーホケキョ」と鶯の
鳴き声が聞こえた。
山裾に小さな村があり、菜の花やレンゲが咲いている。
畑はもうすぐ田植えの時期がくる。今はその準備だ。
長閑な風景が広がっている。

願はくば 花のしたにて 春死なん そのきさらぎの 望月の頃

hon100413.jpg

他の地の西行の庵も訪ねてみたいものだ。
毎週火曜は最近夢中で読んだ本の話です。
posted by さかな at 00:00| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 最近夢中で読んだ本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。