2010年12月02日

富岡鉄斎の画集

ある日古本屋を覗きに行ったら、富岡鉄斎の画集があった。
もちろん迷わず購入した。
「ええなあ」しばらくは毎日毎日眺め暮らす日々だ。
なんという力強さだ。勿論基本をきちんと勉強しているからこういう大胆さを
思うままに発揮できるのだと思う。
そして、何と言う色彩の見事さだろう。
濃と淡、粗と密、大と小、遠と近、あらゆるものが水と墨で縦横に描き表され
ながら、そこに配された色は邪魔せず喧嘩せず、当にそこにあるべき色として
見事に存在している。
「すごいなあ」とただただ思うばかりだ。
しかも鉄斎は、「私の画を見るならまず賛を読め」と言っている。
画が語る物語りを読み解くのは、その賛を読むことから始まるのだ。
万巻の書を読み、万里の道を行くという鉄斎はありとあらゆる古典に通じている
かのようだ。詩経の世界があると思えば、荘子の世界、史記を始めとする
歴史書、隠者の本、学者の本、仙人の本、ありとあらゆるものだ。
最後にして最大、最強の文人画家といえるだろう。
私も画に色をつけて見たくなった。
鉄斎のようにとはいかないが、色をもって表現することも必要な場合がある。
どうやってやるかはこれからの大きな問題だ。
がんばって練習しよう。
下記の画を描いてみた。色をつけるならどうしよう。

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毎週木曜は映画、音楽、書画に関する話です。
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2010年11月28日

久しぶりの京都市美術館

久しぶりに京都市美術館に行った。
もう終わってひさしいが、「京都日本画の誕生ー巨匠たちの挑戦」というのを
見に行ったのだ。
これは見てよかった。個々の作品もよかったが、何より、日本画の正統を創り
育て伝えてきた京都の伝統というのがよく感じられた。
そしてそういう育ての中で、中国の水墨を学んだり日本の伝統的な水墨の技を
伝えることのしっかりとされてきてのだというのも感じた。
それで余計に、何で今は水墨画や文人画が大きな位置を占めていないのか、
その道を学ぶ者への登龍門があまり開かれていないのか、水墨を学ぶものとして
寂しく思った。
明治維新の頃、岡倉天心やフェノロサなどが、外国を真似る芸術を排して純粋な
日本画を育てよういう運動のなかで日本画の隆盛が始まり、逆に水墨画や文人画
が排斥されていったのだという話を聞いた事がある。
もしそれが本当でそれが原因で水墨画や文人画が盛んにならないのなら寂しい話だ。
この時点ではまだ紅葉は見られない。
さっさと帰ろうと思ったが、次に用がある場所に行くにはバスが便利そうだ。
しかも美術館のすぐ前にバス停がある。
「あっバスが来てる」と思ったら、もう出て行った。
「しまった」と思ったがよくみるとその番号は行く先が違う。
「よかった」と思って待っていると、
「○番のバスはもうでましたか?」と聞かれた。
「今出たとこですよ」さっきのやつだ。
地図を持った女子中学生達が集まってきた。バスの時刻表を見て、
「後40分あるで」とか、「△△で乗り換えて」とか言っている。
別のおばさんが、「□番やったら先にくるで」と教えている。
電車の駅では見られない会話があってバス停はなかなか楽しい。

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2010年08月05日

丰子恺(フォンツーカイ)の挿絵画

「さかなさんは、こんな画すきやろ」と言いながら友人から一冊の本を頂いた。
魯迅の短編集だが、丰子恺(フォンツーカイ)という人の挿絵画がついたやつだ。
「そやねん。こんな画大好きや。こういう傾向を狙ってるねん」と有難く頂いた。
この本は、良く見ると魯迅の本に挿絵を入れたというよりは、丰子恺(フォンツーカイ)の
画の一つの表現として魯迅の小説の挿絵という形を使ったという風に見える。
それほど画が中心の本になている。
この人は漫画ともいわれるし、画家とも言われている。一見漫画風ではあるが、よくみると
しっかりと絵画になっている。きちんとした手法で学んだ人だということがよくわかる。
どの画も暖かい。ユーモアがあって、どこか哀しい。
人間の営みが空気感と共にしずかに伝わってくる。
私もこういう感じの画が描けるようになりたいのだ。
それをよくわかって、この人の本をわざわざ、それも中国で探して買ってきてくれる友人が
いるというのは本当にありがたい。
中国語はあまりよくわからないが、魯迅の作品なので知っている話も多い。
それで眺めていると、実によく話の雰囲気があらわれている。
紹興の酒家に出入りする、貧乏な困りものの孔乙己の話ものっている。この話は大好きだ。
仕事がおわって、夕刻まえから、地元の安酒場にたむろする人達。
その人達に酒をたかる難儀なやつではあるが、なぜか不自然に気位が高い孔乙己、楽しい
世界だ。
他の話の中にも知らないものも沢山ある。
中国語の勉強がてらじっくり読んでみよう。
しかし、最近思うのだが、どんなに自由奔放に、思いついたままに画を描いているように
見えるひとでも、やはり基本はきちんと学んだ上でやっているという跡がありありとわかる
のだ。どんなことでも基本の上に応用ありだ。
いきなり眼が覚めたら上手になっていたという事はありえない。
本当にあたりまえの事を根気よくきちんとやらないといけないということが身にしみてきた。
精進精進ですなあ。

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2010年07月29日

王石谷の画集

水墨画では、まだ「石濤」の画が大好きだ。よく模写をしていた。
ある時、老師が、「そろそろ『王石谷』の練習をしたほうがええね」と言いだした。
「『王石谷』は今ではあんまり人気はないけど、水墨画の基本なんやわ。
そやからきちんと勉強しといた方がええ」という事だった。
ちょうどその頃、建仁寺、両足院で長谷川等伯の「竹林の七賢」図の展覧会があって見に行ったら
その入り口のところに、『王石谷』の軸があるではないか。かなり傷んで見えにくくなっているが
大きな軸だった。ゆっくり見ていると素晴らしい。細かい線で繊細に村里を描いている。
それでその後、画を習いに行った時、「『王石谷』はええですなあ。えらい繊細ですよ」と
興奮して言ったら、さっそくそれにも負けない繊細で丁寧な画を手本に描いてくれた。
それ依頼、『王石谷』風の画題で練習することが多くなった。
その後、北京に行った時に、瑠璃廠に行く時間があった。
「ちょうどいい。古本屋に行こう」
瑠璃廠には文房四宝の店だけでなく、古本屋もあるし、書画専門の古本屋もあるのだ。
それで、ある店に入り、「『王石谷』の本ありますか?」と聞くと、
「ない」というのだ。「有名な人でしょう?」と言うと、
「有名だけどない」と言う。
老師がいうように、やっぱり人気ないんやと思った。
それでもしつこく探してみた。幸い瑠璃廠には書画専門の古本屋が何軒かあるのだ。
ある店で、「『王石谷』ありますか?」と聞いたら、とうとう
「あるよ」と言う。
しかも、大安売りだという。上下2冊で200元。破格の安値だ。
早速買って帰った。
なかなか好い画が沢山ある。しかし、どれも緻密、精密な画ばかりだ。
模写するのに老眼はかなりきつい。
しかし、今となっては中々手に入らない画集なので大事にしてじっくり練習しよう。
何にしても基本があって応用がある。
自分流に自由に描けるようになるためには基本を辛抱強く勉強するしかない。
がんばるしかないのだ。

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2010年04月17日

清荒神の「鉄斎美術館」

清荒神に富岡鉄斎の美術館があると聞いた。これは行かねばならない。
そう思ってから大分日が経った。
閉館期間もあったからだ。今はもう開館している。そろそろ行かねばなるまい。
阪急宝塚線に乗った。案内板を見ると、宝塚の一つ手前だ。
「えらい遠いなあ」、「急行はとまるんかいな?」と思いながらも急行に乗ったら、
豊中より向こうは各駅停車という。まあ安心だ。
駅からは少し遠そうだ。駅を降りると、さすが有名な神社だちゃんと参詣道がある。
看板には駅から15分と書いてある。
ゆっくり歩き始めた。登り坂の参詣道だ。両側にいろいろな店が並んでいる。
おかきを売っている店がよく目立つ。「名物なんかなあ?」
野菜を売っている店もあるし、お土産を売っているみせもある。
食堂もあるし、弁当やさんもある。見ながら歩いていると飽きない。
参道の脇にある家の庭の桜も、満開をすぎつつある。
まだ着かない。15分はとっくにすぎている。それほど足が遅いわけではないけどなあ。
見えて来た。
境内には大きな桜の木が。記念写真をとっている人がいる。
「美術館はどこかいな?」どんどん行ったらわからなくなった。
入り口の看板まで引き返してよくみると、本殿の隣を更に上がった一番奥だ。
「60歳を越えてますか?」、「はい」
「じゃあ150円です」、信じられない値段だ。
実はあまり期待していなかった。
しかし、すごい。かなりの大きさの部屋の3方の壁が大作で埋められている。
今回のテーマは富士山だ。鉄斎独特のダイナミックな画が躍動している。
大胆不敵ではあるが、よくみると古典的な技法をしっかりと学んだ跡がはっきりと感じられる。
「すごいなあ」
賛がいい。万学を修めたと豪語する鉄斎の面目躍如だ。
「私の画を見るならまず賛を読め」と言ったそうだ。
一生懸命読もう。
じっくりと何度も見て、目に焼き付けて、今日は元気を一杯もらった気持ちだ。
体に力が湧いてきた。
何か画こう。

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2010年04月11日

堺市立博物館、文人画を見に行く

時々図書館に行く。図書館で本を借りるのは非常に便利だ。アマゾンで検索するようにネットで
検索して予約しておくと、家の近くの図書館まで配送してくれてメールがくる。
それで受け取りにいけがいいだけなのだ。
図書館で本を貰っているあいだによそ見をすると、市立博物館の企画展の案内があった。
「中国文化への憧憬 -近世絵画の文人世界に遊ぶ-」
おお、文人画の世界だ。水墨画を習っているものとしては是非行っておかないといけない。
けっこう続いた雨もやっとあがったので自転車でぶらぶらと行って見ることにした。
片道30分弱。結構良い運動だ。行きは下りが多いのでらくちんだが、帰りはちょっと
しんどいかな。歩道が狭い所が多いし、車道は車が多いので自転車は走り易くはない。
しかし寒いとは言えもう春だ。桜もちらほら咲き始めている。この道ももう少しすると気持ちが
よさそうだ。
踏切でかなり待たされて公園に入る。公園の中にも春が訪れているようだ。
他に人はいないし、自転車なら正面玄関に乗り付けokだ。
自動販売機でチケットを買っていると、「65才以上じゃないですか?」とチェックが入る。
割引があるのだ。ちょっと足りない。
「常設展はボランティアの無料解説がありますよ」という事だ。ちらっと見ると女性だったので
「頼もうかな」と一瞬思ったが常設展をゆっくり見る気はないので断った。
いきなり目に入ったのは、狩野派の○○(名前は忘れた)と言う人の6曲1双の屏風画だ。
「これはええ」
田舎の村の風景だ。子供が遊び、酒をつくり、本を読む人いて、碁を打つ人がいる。
「こういう画を画きたい」長閑な風景を大胆でのびのびと描き表している。
他にも狩野派、曽我派の水墨や着色の画が多くはないが展示されている。
竹林の7賢もある。
「それでもやっぱりこれがええわ」と又見に戻った。
長谷川等伯も堺の商人や僧達に画を買ってもらっているはずだ。
堺は経済と文化が大いに沸騰した時代があるので、こういう良い物があっても不思議はないのだ。
この企画展の後半の部も見に行かないといけないなあ。
200円だよ。

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2010年01月07日

富岡鉄斎を見る

昨年の話だが、富岡鉄斎展を見に行った。
このころ京都に何度か行く用があって、丁度よかったという事もある。
泉屋博古館というのは始めてだが、地図で見ると哲学の道を北にあがったあたりだ。
行きはバスで行って帰りは歩いて帰ろうと決めてバスに乗った。
紅葉の盛りで観光の人が多い所に雨がふってきたのでバスは超満員だ。乗ったはいいが、
おりれるのか心配だったが。要所、要所の観光スポットで下りる人が多かったので、
最後は座ることができたくらいだ。
東山を背景になかなか景色のよいところにある。
青銅器の収集で有名だそうだが、富岡鉄斎もあるとは知らなかった。
「万巻の書を読み、万里の道を往く」最後の文人と言われた富岡鉄斎は、生き方として
あこがれがある。じつにかっこいいではないか。
特にこの人の漢籍の素養はすごいものだ。私の画を見る場合は必ず賛を先に読んでくれ
というだけあって、其の画を画く気分なり、要因なりをきちんと文章にしているのだ。
万里を行くというのは唯の旅好きというのではなくて、そういう素養の元に空想の上で
もあらゆるところに心は遊んで、まるでその場にいるかのように自在に画と文にできる
ということなので、まさに文人画の極致と言える。
まあそれで、えらい楽しみにして入ったわけだが、残念ながら、「これは」というような
すごい作品は殆どなかった。
もちろん全てが鉄斎を彷彿させる作品ばかりなのだが、期待の方がおおきすぎたのだ。
小さなスケッチブック風の作品が風俗を端的にとらえていて面白かった。
とまあこういう残念話なのであるが、実は昨年末、某所で個人所蔵の鉄斎作品2点の
掛け軸を見せて頂いた。
これは、素晴らしかった。全く息を飲むほど感動した。
その力強さ。しっかりした基本。
中国の故事を踏まえた題材のとりかた。
迫力ある色遣い。
全てが素晴らしかった。
やっぱりいいものを追いかけないといけないなあ。

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2009年10月31日

長谷川等伯、「竹林の七賢図」

中国でも晋の時代かそこらで、国が乱れ、秩序も何もなくなってしまったような
時代があったそうだ。うかつにまっとうな言動をしていたら、すぐに足元を掬われ
讒言されて命があぶなくなるような時代であったそうだ。だから賢い人、心ある人
達は、できるだけ直接的な表現でものを言ったり、文章を書いたりしないで、
すっとんきょうなはぐらかしをしたり、何の事を言ってるか訳がわからないような
表現をして目立つのを避けたそうだ。まるで禅問答の世界の時代だったのかも知れない。
そういう時代を代表するのが、竹林の七賢と言われる人達だったと聞いた気がするが
定かではない。
そうであるなら、「竹林の七賢図」が禅寺にあるのはいかにも似つかわしい。
「お庭にあるあの石の小橋の上に乗っている小さな石はどんな意味なんですか?」
って聞いたら、係の人は、「ああ、何でもないんですよ。ここは通れないという
印においているんです」と笑って答えてくれた。
「禅寺やから何か特別の意味でもあるのかと思ったんです」と笑ったが、
茶室の庭にもそういうのがあったり、草を結んでいたりするから、禅の心では
あるのだろう。
京都の建仁寺の両足院で長谷川等伯の、「竹林の七賢図」が展示されると新聞に
載った。それで急いで見に来たのだ。
この寺は庭が綺麗だ。建物をぐるりと回って、枯山水やいろいろな趣向を凝らした
庭になっている。
季節には、珍しい半夏生という葉が半分真っ白になる植物があって、見事だそうだ。
目指す「竹林の七賢図」は入ってすぐ右手奥にどかんと鎮座していた。
長谷川等伯は、松林図のような実に寂寞とした画を描くかと思えば、空飛ぶ仙人
のような飄逸な画も描くので面白い。
やっぱりこの画は大迫力だ。
その前に。
入口を入ってすぐのところに、えらく薄汚れた大きい軸ものがある。
良く見て見ると、「王石谷」と説明に書いてある。清の時代の有名な画家だ。
水墨画の基本のような人だ。
かねて用意の単眼鏡で見て見ると実に繊細な線で描かれている。
繊細で優しい線で村里を描き、柔らかく優美な線で山を描いている。
結局はずっとこの画を見てしまった。
好い画に廻り会えた。

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2009年09月27日

MIHO美術館、「若冲ワンダーランド」

「美の巨人たち」というテレビ番組を見ていたら、「若冲ワンダーランド」と
いう特集をやっていた。伊藤若冲の画を探る番組だ。
その後、東寺に行こうと京都に向かう電車の中で、MIHO美術館でこの
「若冲ワンダーランド」の特別展をやっているという吊広告を見つけた。
「これは絶対行こう」とMIHO美術館の場所を探したら、えらい遠くにある。
信楽の奥の方だ。
ゴルフ場のある山の中。着いたら、9時25分。9時半会門まで門の外で待機だ。そして入場。
10時開場まで更に待って、美実館のある建物まで10分ほど登る。
近代的で非常にユニークな建物だ。
相当異質な空気が流れているように思える。

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目指す、「象と鯨図」一対の大屏風だ。
ぐいぐいと大胆に描き切ったようで、緻密な計算がある。
細部まで手を抜かない力強い線が迫ってくる。
ワンダーランドと銘打つだけあって、沢山の若冲が展示されている。
私が気に行ったのは、菊図、蛙図、鶺鴒と蓮図、雨龍などだ。
奇想とまで言われる発想の妙と、味のある線が印象的だった。
同じくワンダーランドの仲間達ということで、円山応挙や池大雅、与謝蕪村
などが展示されていたが、一際目を奪われたのが、曽我蕭白の「鷹図」だ。
たった一枚だが、私としては、今回のワンダーランドの白眉だと思った。
「味がある」とか、「余白の美」とかいうあいまいな言葉がふっとんで
しまう極彩色の超絶技巧だ。
以前、東京国立博物館で歴代巨匠同士の「美の対決」のような企画展があって
其の時に若冲と対決していたのが、やはあり蕭白のこの画だったのだ。
確かに、奇想の画家といわれるだけあって、エキセントリックな画が多いが
この一枚でこれだけ存在感があるのだからすごいものだ。
もちろん若冲もすごい作品が沢山あるので、どちらが上というわけでは
全くない。


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2009年07月30日

扇子に画を描く

中国に行くたびに気がついたら好く扇子を買ってきていた。
わりと持ち物にこだわる方なのでどうせなら山水画とかが画かれた
のが欲しかったのだ。しかし、中国の扇子は大きいので持ち運びに
不便だし、画もお土産の域を出ない。
それならいっそ自分で書いてやろうと無地の扇子を探した。
最初は中国で。
冬場だったのでシーズンオフだからだろうか殆ど品物はなかった。
それでも見つけたが、やはり大きい。しかたなく買った。
日本で探すと、やはり頃愛の大きさのがある。
若干値段が高いが、きちんと片面に画仙紙を貼ってあるという。
中国のものは画き易さのために骨と紙が別々になっていて、画ができたら
差し込むようになっている。日本のものは無地のセンスが完成していて
それを押し付け、広げしながら画いていくのだ。
暑さの季節到来。
まず、中国に扇子で練習だ。やってみると、難しい。
やはり中国のモノは画仙紙ではなかった。墨の滲みがでない。
1本目は無残な結果に終わった。

2本目はなんとか形はできた。しかし、字を書くのが又難しい。
書いているうちに滅茶苦茶になってしまった。

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気をとりなおして、日本の扇子を使う。
滲みはいける。
それで気をよくして、一気に書いてしまった。
自分なりには、「まあ、いけてるじゃないか」

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勢いに乗ってもう一本。
ちょっと難易度が高すぎたかな?
やってみると面白いものだ。

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2009年04月12日

楊貴妃を画いてみる

「さかなさん、画描くんやったらこんなの描かなあきまへんで」
「今、この本読んでるんやけど、おもろいわ」と言って紹介されたのが
陳舜臣の「小説十八史略 傑作短篇集」。その中の楊貴妃の話だ。
有名な話なので内容は大体分かっている。白居易の「長恨歌」を好きな詩だ。
早速購入した。他にも面白い話が多いので一気に読んでしまった。
それでは、画に描いてみよう。
「茘枝を食べているとこにしようかな?」
昔、深センで楊貴妃の話をしながら食べた茘枝はおいしかったなあ。
「やっぱり、温泉に入るところかなあ?」
西安の「華清池」に行った時は思い切り工事中だった。
「1からつくるんか?」と思ってしまったが、どんなテーマパークになって
しまったやら。今でも湯治場としては営業してたみたいなので入ればよかった。
構図を考えるのは楽だけれど、問題は人物だ。
妖しく色っぽくは描きたいけれど、私的な「あじ」と「おもろさ」が必要だ。
服を着ていない人物は初めてなので、難しい。
何度も直してみるがなかなか気に入ったものができない。
まあ、これくらいにしておこう。
といってもこういう時間は実に楽しいのだ。
「たくらみ」の時間でもある。

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2009年04月11日

棟方志功展

先日の北斎展に続いて、またまた近場で、「棟方志功」があった。
堺市北野田の市立東文化会館文化ホールという所だ。
棟方志功は好きな作家なので早速行く事にした。
ここの催しはローカル展であっても、展示の点数が多いので気に入っている。
今回は、神仏を表現したものが中心で、「神仏の柵 棟方志功展」と題するものであった。
開幕日であったためか、棟方志功のお孫さんという方が、解説をしてくれていた。
「釈迦十大弟子像」を始め表題どおり神仏像ばかりなので、今迄は、ダイナミックで
カラフルと言うのが志功のイメージであったが、今回は白黒の世界であった。
それが、意外でもあり、新鮮でもあって新しい感動であった。
豪快で躍動感のある線の使い方と白黒の大胆な切り取り、仏教の世界のいろいろな
説話をきちんと想像を組み立てて画にしていくという作品造りは、水墨の世界にも
通じるもののように感じて印象的だった。
入り口で、ビデオを流していたのは、生前のニュース映像で、現代版の東海道五十三次を
描く為に、現地を回ってスケッチをしている映像であった。
筆を加えて、墨で一気に風景を切り取って行く、迫力が伝わって来て、
こちらの方も随分印象に残った。
かなりインスパイアされた展覧会だった。

ちょっと鷹の画を真似てみました。

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2009年03月29日

叭叭鳥

最近、石濤の画集と曽我蕭白の画集を見ることが多い。
石濤は孤高の中に人への優しさが感じらるし、蕭白は奇想、異能の中に
孤独が感じられる。
何度見ても飽きない。百看不厭だ。
石濤は今一生懸命、水墨画の画題に真似させてもらっている。
それで、蕭白を見ていると、叭叭鳥図というのがあった。
叭叭鳥って何だろう?
どうやら日本にはいない鳥のようで、八哥鳥とも言われ、8種類の歌を歌う
事ができて、九官鳥のように人語も喋れるという話だ。
本当かどうかはわからないが、禅画や水墨画によく画題にされているようだ。
与謝蕪村や横山大観の画にもある。
その姿からすると、人間にいて、人語を解する程賢いが、賢しらというよりは
孤高であって、何となく愛嬌もあるといったイメージであろうか。
蕭白の画を見ているとそういう姿が思い浮かぶ。
本当にそういうものなら、是非一度見てみたいものだ。
今度、中国の南の地に旅したら、探して見ようと思う。

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2009年03月28日

北斎展

ご近所の北野田というところで、たまたま北斎展をやっていた。
浮世絵版画富嶽百景図だ。富嶽三十六景図は復刻版を購入して
みているが、百景図をまとめてみると、その迫力に圧倒される。
色が美しい。あの藍色の美しさが際立っている。
技巧がすばらしい。こんな繊細な画をどうやって彫ったのだろう。
とても版画というのが信じられないような精密さだ。
構図が新鮮で大胆だ。富士をどうやって表現するのか。
橋の下から、股の間から、裾野の線だけ、実に斬新な発想で
画かれている。初めてこれを見たヨーロッパの画家達は定めし
驚いたことだろう。
今回は、初回版のモノトーンの版画も展示されていた。
こちらも実に面白い。
駱駝が出てきて、モスク風とも思えなくもない建物を背景に
富士がある妖しい画がおもしろい。
窓を開けると富士が見える。窓ごと見ると一幅の画のようだ。
その窓の上に書がかかっている。まるで、富士の画の賛のようだ。
それを見て驚いているところを画にしてるのが面白い。
しゃれで、その画を見ている私達を落書き帖にスケッチしてみた。
楽しい一日だ。
こうやって、富士というモノと旅と言うモノを結びつけて、その地
その地を訪なう心をイメージとして切り取る面白さは、旅の心を
たまらなく刺激するものだ。

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2009年03月21日

大乗寺、「丸山応挙美術館」

先日、兵庫県香住の大乗寺にある、「丸山応挙美術館」に行った。
大乗寺というお寺に別途、美術館があるというわけではなくて、
寺そのものが応挙一門の企画と作品で出来上がっているのだ。
たまたま、テレビ番組を見ていたら、この寺の画に纏わる特集が
あって、今月中で、実物の展示は終わって、デジタル複製画像に
置き換わってしまうという事なので、急いで行ったのだ。
まあ、総てが置き換わるわけではなくて、メインの襖絵が置き換わる
だけという事だったが、それでも早く見ておいてよかった。
有名人の作品をベタベタと並べているのではないのだ。
総ての部屋の総ての画が相互に繋がりを持って描かれている。
そして夫々の画も、見る角度や、襖の開け閉めで様々な姿を見せる
よう演出されている。
応挙はこの総ての企みを、この地に来る事なく、京都で居ながらにして
完成させたというのだからすごい。
今回は、単眼鏡も大いに役に立った。
参観の人が結構いるし、部屋も薄暗い。画の傷みもある。
こういう画は、仄暗い部屋によくあうのだが、画の技巧までは見られない。
それで単眼鏡が活躍するのだ。
孔雀の間、郭子義の間、山水の間、それぞれの素晴らしい画を巡っていて、
よくよく単眼鏡で見てみれば、すばらしい技巧が更に詳細に見える。
孔雀の羽が透き通っている。衣服の紗の模様までが際立っている。
松の葉の見事な事。山水の線も味がある。
応挙だけでなく、弟子の画もすごい。
禿山の間の呉春、猿の間の芦雪等、どれもすごい。勿論弟子といっても
巨匠達だから当たり前だが。

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大阪から片道3時間強。いい体験ができた。
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2009年02月19日

「蕭白」、「雪村」に凝っている

少し前は、「若冲」に夢中になっていた。プライスコレクションを見て感動したからだ。
画のテクニックと空間演出の技が凄いと思った。
その後は「雪舟」だ。画の中にドラマがある。画の中に入って行って、画の中に遊ぶ心がある。
画ってこんな風に描くんだと思った。
昨年は「金山寺」の画を見て、中国の鎮江にある金山寺まで、旅をした程だ。
そして、「石濤」、北京で「石濤」の画集を買って以来夢中になっている。
水墨画が洗練されきると、こんなになるんだと思った。
画を描くのに真似ようと思ったが、とてもできるものじゃない。
それでも○○風を練習しようとあがいている。
そして今は、「蕭白」、「雪村」だ。
どちらも超絶技巧だ。
独特のスタイル。見事な線だ。
そして、奇想。どうしてここまで考えるという奇想に溢れている。
蕭白などは、狂気までも画ききっているのだ。
こういう画をみていて、真似をするどころの話ではないけれど、
少しだけ、雰囲気に浸ろうと、本を見ながら、大作の一部を
きりとって練習してみている。
無謀な事かもしれないし、ただすごさを納得するだけかもしれないけど、
やってる分には楽しいのだ。

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毎週木曜は、映画、音楽、書画に関する話です。
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2008年11月20日

石濤の画

水墨画の老師が良く言う。「石濤」っていいね。とか、「石濤みたいに画けたね」とか
「石濤みたいに画いてみようか」とか、まるで水墨画の代名詞みたいに扱っている。
老師は石濤が好きなんだ。実は私も気に入っている。
展覧会とかでしか見ないので、まとまって見る機会はないが、石濤の画法は大好きだ。
それで、機会があったら石濤の画集を買いたいと思っていた。
今回、北京で書店を見ていたら、石濤の画集があった。
陶淵明の詩を小品の画にした、所謂文人画風の作品だ。
「これはいい」
他に、大判2冊の全集本があった。どちらも欲しい。
悩んだが、大判はスーツケースに入れるには余りにも大きい。
しかも、今回は紙も買っていて、荷物が大きい。
仕方ないので、大判2冊はあきらめて、陶淵明詩の絵本だけにした。
色も入って、なかなか綺麗な画だ。大事にしよう。

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それで、この中の画を真似て画の練習もすることにした。

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まだまだだなあ。
石濤のような画が自在に描けるようになったらいいなあ。

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2008年10月16日

栗を画に描く

田舎で栗を買ってきた。
珍しいので画に描いてみようと思い、ついでに栗に関して面白い詩がないか
調べてみた。
すると芭蕉に、「夜、窃に虫は月下の栗を穿つ」という句があった。
凄い句だと思う。
これは、何の虫だ。どんな風に栗を食うのだ。
と考えてしまいます。

それで、そのイメージを画にできないか考えた。
いきなり本画に描くのは難しいので、いつもの落書き帖に描いてみた。
技術が伴わないが、「こころ」としてはそれなりに面白いのができたのではないかと思う。

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それにしても字もうまくかけないし、ダメだなあ。

最近はこういう画をどんどん描いてみたいと思っている。

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2008年09月18日

雪舟の世界

先日、「対決巨匠達の日本美術」という展覧会を見に行ってから、雪舟にすっかり
魅せられた。
「慧可断臂図」あのぶっとい線の達磨像にばかり目が行っていたが、実は決意を
示す為に自分で切り取った左腕を差し出している画だったのだ。
そして、「秋冬山水図」(冬)、意外と小さいけど鋭い画。
「金山寺」、この絵をみて金山寺に行きたくなった。
それで雪舟の解説本を幾つか買ってしまった。
その一つが、「雪舟の「山水長巻」風景絵巻の世界で遊ぼう」だ。
これを見て、雪舟に凄さに更に魅せられた。
実は画の先生が、こんなにしてはいけないというような事ばかりやっている。
つまり常道を平気ではずしている。
そして大胆。
画の中に入っていける物語がある。
やはり中国古来から伝わる山水画の技法は生半可ではない。
遠近感や光と影の技法を研ぎ澄ます西洋画もいいが、唯の遠近ではなくて
一種の幽境の世界を創ってしまい、世界観や心の遊びを封じ込めてしまうかの
ような画の世界もすばらしいものだと思ってしまった次第だ。

技法を習うだけでなくて、そういう事を身につけて行きたいものだと思う

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2008年07月03日

蘭亭の蘭亭序

先日は東京国立博物館で「蘭亭序」を見てきましたが、
今回はその蘭亭に来ています。ところがここには「蘭亭序」はありません。
勿論本物は唐の太宗が死ぬ時に一緒に焼かせたという事なので、存在しません。
しかし、臨書本が山ほどあるそうです。
私には書はよくわかりませんが、世に名筆といわれるものは、
すなおにすばらしいと思えます。
書をじっと見ているのも心が落ち着いてなかなかよいものです。

それで、蘭亭で蘭亭序を集めた本を見つけました。
いくつかの高名な臨書を印刷したものです。
印刷と言っても手刷り仕立てで500部限定発行みたいな事を書いています。
「これ、いくら」と聞くと。
「270元」と言います。
「まけてよ」と言っても、首をふるだけです。
こういうの見たことないし、立派な本なので、「まあいいか」と
買いました。
千古とあるから、古来有名なのは殆ど収録されているのでしょう。
勿論、「神龍本」もあります。「欧陽詢楷書」というのあります。
全部で21種類の蘭亭序です。壮観です。
多分、すごい本だと思います。

重かったけど、時々眺めて愉しんでます。

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