2010年12月02日

富岡鉄斎の画集

ある日古本屋を覗きに行ったら、富岡鉄斎の画集があった。
もちろん迷わず購入した。
「ええなあ」しばらくは毎日毎日眺め暮らす日々だ。
なんという力強さだ。勿論基本をきちんと勉強しているからこういう大胆さを
思うままに発揮できるのだと思う。
そして、何と言う色彩の見事さだろう。
濃と淡、粗と密、大と小、遠と近、あらゆるものが水と墨で縦横に描き表され
ながら、そこに配された色は邪魔せず喧嘩せず、当にそこにあるべき色として
見事に存在している。
「すごいなあ」とただただ思うばかりだ。
しかも鉄斎は、「私の画を見るならまず賛を読め」と言っている。
画が語る物語りを読み解くのは、その賛を読むことから始まるのだ。
万巻の書を読み、万里の道を行くという鉄斎はありとあらゆる古典に通じている
かのようだ。詩経の世界があると思えば、荘子の世界、史記を始めとする
歴史書、隠者の本、学者の本、仙人の本、ありとあらゆるものだ。
最後にして最大、最強の文人画家といえるだろう。
私も画に色をつけて見たくなった。
鉄斎のようにとはいかないが、色をもって表現することも必要な場合がある。
どうやってやるかはこれからの大きな問題だ。
がんばって練習しよう。
下記の画を描いてみた。色をつけるならどうしよう。

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毎週木曜は映画、音楽、書画に関する話です。
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2010年12月01日

神戸元町、「ぎょうざ苑」

ある日、「神戸元町の元町映画館に行こう」と元町まで出た。
ちょうど昼時だ、「先に飯を食っていこう」
「何を食べるかな?」、「ながいこと「ぎょうざ苑」に行ってない」
それで行ってみたら、11時半からだ。それでは映画に間に合わない。
「しゃあない映画終わってからにしよう」まだやってるかちょっと心配だったが
だいじょうぶ。
「水餃子とジャージャー菜下さい」
ここの焼餃子とジャージャー麺が有名で以前はよく食べにきた。
しかし、すでに自称中国通となってしまったからには、水餃子を食べないと
いけない。さしたる理由はないが。
それにジャージャー麺だと多すぎる気がする。
で、味はどうか?
水餃子はおいしい。おいしすぎる。茹で具合もちょうどいいし、餡もおいしい。
皮の味も上品だ。しかし、上品すぎてちょっと物足りない。
私にはもうちょっとベタな方がいいなあ。
ジャージャー菜というのは簡単に言えば湯がいたモヤシに甘い味噌だれをかけた
ものだ。もっと簡単に言えばジャージャー麺の麺のかわりにモヤシがなったという
ものだ。残念ながら私にとっては、たれと野菜の味があわない。
やっぱり麺がいい。
しかし、量が多い。なかなかうまくいかないものだ。
それで北京のジャージャー麺を思い出した。
新鮮な野菜を刻んだ具が麺の上にたっぷり乗っていて、それに甘辛い味噌タレを
かけて混ぜながら食べるのだ。
又、北京に行って食べたくなったなあ。

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毎週水曜は食べ物に関する話です。
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2010年11月30日

最近夢中で読んだ本の話、ルイス・デ・カモンイス、井上靖

ルイス・デ・カモンイス、「ウズ・ルジアダス」
ポルトガルにロカ岬というところがある。らしい。行ったことがないが。
旅の本を見ていると出て来る有名なところだ。ユーラシア大陸の西の端だ。
『ここに陸尽き、海始まる』という有名な詩があるそうだ。
「どんな詩やねん?」と気になって読んで見る事にした。
ポルトガルの国民的詩人、ルイス・デ・カモンイスという人の詩だそうだ。
壮大な叙事詩だ。
オデッセイのような構成で、バスコ・ダ・ガマの世界をめぐる大冒険を讃えて
いるような内容だ。
くだんの文言はなかなか出てこない。
やっと出た。第3の詩、第20章だ。
・・・・・・・
わが王国ルシタニアはこのヒスパニアにある、全ヨーロッパのいわば頭の
位置を占めて。
『そしてここで陸は終わり、海が始まっているのだ。』
それにまたポイボスが大洋で憩う地でもある。
この王国は正しい天の願いに応え、かってよこしまなイスラム教徒と戦って
武勲をあげ、これをこの地から逐い払い暑いアフリカでもなお警戒心を解く
のを許していない。
・・・・・・・・
海の民ルーススの海によせる熱い想いをつづったものだ。
最近見た映画、「コロンブス 永遠の海」を想いだした。この地の人達の
心は、「海へ」にあるのだ。

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井上靖、「石濤」
ある日、不思議な老人が現れて一幅の画をあずけていった。
すぐとりに来ると言って、いつまでたっても来ない。
夢だったのか本当だったのか。
どうもこの画が気になる。素晴らしい画だ。不思議な静寂、心が落ち着き
魂が吸い込まれるようだ・・・・
そしてある日不思議な老人が現れて持って帰った。
果たして本物だったのか?夢の中のできごとだったのか?
石濤の画を巡る不思議な話。表紙の画がすばらしい。
これが、本にある「湖畔秋景色図」なのだろうか。
こんな画が描けるようになりたいものだ。

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毎週火曜は最近夢中で読んだ本の話です。
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2010年11月29日

安徽の墨

安徽省の黄山には今迄に2回行った事がある。安徽省は文房四宝の土地なので
麓の屯渓の街でそのたびに筆や墨を物色していた。
特に「胡開文」という有名な墨の工場兼店があるので見学をしながら墨を買った
のだった。そう言う話は以前のブログでしていると思う。その時、一番高級とか
いう油煙墨を買ったが、筆はいくらでも水で試し書きをさせてくれるが、墨は
絶対試し磨りをさせてくれない。
日本に帰って、楽しみに磨ってみたら、色が全く出ないのだ。磨り方が悪いのだろう
とゆっくりゆっくりそっとそっと時間をかけて磨って見たが、色がでない。
何遍やってもだめなのであきらめておいていた。
てがしびれるほどやってもだめなのだ。
それで、先日、墨に関するテレビ番組があって、書の話だったが、墨の磨り方で
筆で描いた表現や滲みの違いがでることをいろんな顕微鏡をつかったりしながら
様々な角度で解明していた。その書家は細かく磨ったあと同じ硯で荒く磨って、
混ぜることで気に入った表情をだすということだった。
硯も大事だ。やはり端渓がいいということだ。
その時、細かく磨る場合は、水をほんの数滴たらすだけで練るように磨っていた。
「これかな」と思い、
今は使いやすさで、国産の雄勝の硯を愛用していたが、また端渓をとりだして、
水をほんの2、3滴たらし、練るように練るように丁寧に磨ってみた。
「いける」
すぐに墨の良い香りが立ちあがってきた。
「すばらしい墨やないか」
すこしずつ水を加えながら練るようにすっていくとうまくいくのだ。
ちょっと油断すると粒子が粗くなるので、そっと丁寧にやらないといけない。
まあ、簡単にいえば、墨や硯に無知だっただけなのだ。
今は墨や硯の選び方もきちんと教えてくれる人は少ない。
まして使い方もしかりだ。
安易に見よう見まねでなく、しっかり勉強しないといけないと思った。

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毎週月曜はこだわりのモノの話です。
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2010年11月28日

久しぶりの京都市美術館

久しぶりに京都市美術館に行った。
もう終わってひさしいが、「京都日本画の誕生ー巨匠たちの挑戦」というのを
見に行ったのだ。
これは見てよかった。個々の作品もよかったが、何より、日本画の正統を創り
育て伝えてきた京都の伝統というのがよく感じられた。
そしてそういう育ての中で、中国の水墨を学んだり日本の伝統的な水墨の技を
伝えることのしっかりとされてきてのだというのも感じた。
それで余計に、何で今は水墨画や文人画が大きな位置を占めていないのか、
その道を学ぶ者への登龍門があまり開かれていないのか、水墨を学ぶものとして
寂しく思った。
明治維新の頃、岡倉天心やフェノロサなどが、外国を真似る芸術を排して純粋な
日本画を育てよういう運動のなかで日本画の隆盛が始まり、逆に水墨画や文人画
が排斥されていったのだという話を聞いた事がある。
もしそれが本当でそれが原因で水墨画や文人画が盛んにならないのなら寂しい話だ。
この時点ではまだ紅葉は見られない。
さっさと帰ろうと思ったが、次に用がある場所に行くにはバスが便利そうだ。
しかも美術館のすぐ前にバス停がある。
「あっバスが来てる」と思ったら、もう出て行った。
「しまった」と思ったがよくみるとその番号は行く先が違う。
「よかった」と思って待っていると、
「○番のバスはもうでましたか?」と聞かれた。
「今出たとこですよ」さっきのやつだ。
地図を持った女子中学生達が集まってきた。バスの時刻表を見て、
「後40分あるで」とか、「△△で乗り換えて」とか言っている。
別のおばさんが、「□番やったら先にくるで」と教えている。
電車の駅では見られない会話があってバス停はなかなか楽しい。

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2010年11月27日

あじあんテイスト見つけた、「ケニーアジア」

最近ちょっと気になっている店があった。ちょうどついでができたのでとりあえず
昼飯を食べに行って見よう。
場所は三津寺通りを心斎橋側に入ってすぐ、こんなとこにも寺があると思うその
「三津寺」のすぐ東の路地にある。入ってすぐのところだから外からでも店の名が
見える。
「スープカレーのようなもの、辛いものは大丈夫ですか?」と聞かれる。
カウボーイ帽のような帽子をかぶったケニーさんは寡黙でやさしそう。
「辛さが目当てで来たんですよ。全然問題ないです。じゃあグリーンカレー下さい。
一番からいやつ」
「大丈夫ですよ。調整しますから」
客の好みに合わせて辛さを調整してくれるらしい。
ひまわりの種が出た。「注文を聞いてから作りますから、時間がかかります。
すみませんが、しばらく待って下さい」
美人の奥さんがマレーシアの事やマレー料理の事を話してくれている間にケニー
さんが黙々と料理を作っている。
「この辛さはどうですか?」辛さのテイスティングだ。
ココナツミルクの滑らかな甘さの中に、あの青唐辛子のびしっとした辛さがある。
十分な辛さだが、せっかくだからもっとあじあんになろう。
「もうちょっと、・・・・いやいやもっともっと辛いのでお願いします。
「これでどうでしょうか」
「十分です」きたきた、スープの甘さのおくから、あのビーィンとくる衝撃の辛さ
がやってくる。これぞあじあの辛さだ。
中国の四川料理の麻辣の痺れ辛さもいいし、インドの口がすぼんで頭の先にとおる
ような酸っぱ辛さもいいが、アジアのあますっぱからさも各国各様で味わいがある。
時間はかかるが、丁寧につくるためであれば何の問題も無い。敢えて手間を省く
工夫をしないのがいいではないか。
その為に、気に入るまで何度でもティスティングさせてくれる。
「グルメの押しつけ」でないのが一番うれしい姿勢だ。
海鮮グリーンカレー、野菜もちゃんと入っているし、味付けは繊細で丁寧だ。
それにご飯がすばらしい。もしかしたらこっちが一番かもしれないほどだ。
日本のコメでありながらアジアンテイストがでるよういろいろ工夫されているようだ。
あじあ米独特の軽さ、ふんわりさを感じるのだ。
ひさしぶりに口から頭にかけてあじあが満タンになった。
ありがたいことだ。又、他の料理も試してみないといけない。
辛い料理が苦手な人でも全然問題なく楽しめる店だ。

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店名 「ケニーアジア」
ジャンル マレーシア料理
住所 大阪市中央区心斎橋筋2-7-11 日宝ロイヤルビル1F
電話 080-3828-6968
営業時間 12:00-29:00
定休日 日曜
メニュー 日本語
言語 英語、中国語、広東語、マレー語、日本語
ラベル:B級グルメ
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2010年11月26日

播州路で偲ぶ酒

先日、久しぶりで有る事で仲間になった古い友人達が集まった。
その時に有る人の話がでた。
会社も違う年齢もまちまちの我々を結びつけてくれた人だ。それが縁で未だに
気が向けば集まって酒を飲む気持ちが続いているのだ。
しかし、その人はいないのだ。
若くして亡くなった。彼の仕事ぶりからして、まさに企業戦士の戦死だったと
いえるだろう。
それから、10年経ってしまった。節目でもあるし、いっかい墓参りでもしよう
ではないかということになったのだ。
「傘を持ってきたらよかったかな?」しかし振りそうでふらないで曇り空、
播州路を走っていると稲刈りが終わって長閑さだけになった田が多い中に、まだ
刈られずにほったらかしのも沢山あって雀がやかましい。
畔道の端の柿の木には赤い実が落ちそうになっていた。
「こういうところでおだやかにやすんでいるんや」と何となく納得して、
あとは、「飯でも食おうや」
行った先は、酒蔵を改造したという人気らしきレストランだ。
「焼きアナゴ定食でも食うか」
ここは山の中だからアナゴはご当地というわけではないが、後で明石に行くから
それでつじつまをあわせよう。
運転手役の人と、飲めない人と飲まない人には悪いが、せっかくだから個人を
偲んで一杯だけお酒を頂こう。
この酒蔵の酒、「富久錦」という酒だ。
ひんやりしてうまい。
甘すぎないし、きれもいい。上等の酒だ。
料理もおいしいので満足だ。
皆さん、又、会って、一杯やりましょう。

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毎週金曜は、酒や茶に関する話です。
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2010年11月25日

ヨーヨー・マ、「Soul Of The Tango」

「やっぱりチェロはええなあ」
「タンゴはええなあ」とCDを聞きながら音楽にひたろうと呼吸をととのえて
いたら、
「?」ちょっと音がおかしい。
アンプかスピーカか?我が家のアンプは友人からの借り物だ。最初はプリアンプ
だと思った。
「長い事つこたもんなあ」チャンネルセレクタがおかしくなったのだろう。
いよいしょ修理を頼もうと思い、念の為にもう一度チェック、スピーカが怪しい
かも?
スピーカだったら大変だ。修理できるんかいなあ。必死でネットをみて情報を
調べた。アッテネータの接触不良か?内部のようわからんソケットを引きぬいて
磨いてもみた。それでも変わらない。結局メインアンプだった。
最強のメインアンプと絶対の信頼をおいたいたのがなにかの具合でおかしくなった
のだ。友人に頼み込んで修理をお願いして、更にあつかましくも別のを借りた。
こんどのやつは柔らかいやさしい音がでるやつだ。
「タンゴにあうやないか」
「チェロの音に艶がある」
これもまたすばらしい。
曲は全てピアソラの曲だ。
タンゴというのは情熱的、煽情的、官能的、??
興奮して頭に血がのぼる?
でも肝心な時には血はのぼらずに下がらないといけない。
矛盾してるような。
そんな事はどうでもよくて、やるせないような切ないような調べに耳を
傾けよう。

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毎週木曜は映画、音楽、書画に関する話です。
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2010年11月24日

東福寺へ先がけ紅葉狩り−帰りに丸福でうどんを食う

さてもう見終わった気分だから帰ろう。
門前には、いろいろな店がならんでいる。
和菓子屋さん。魚屋さん。八百屋さん。雑貨屋さん。おかず屋さん。
骨董屋さん。
様々だ。しかし、「売茶翁」が人の道を説きながら茶を売っているわけではない。
レストランもたくさんある。和食屋さん、カレー屋さん。うどん屋さん。
洋食屋さん。
「どれも決め手にかける」
それでも腹が減ってきたなと顔をあげたら遠くに京都タワーが見えた。
京都駅までいったら近くに丸福がある。あそこに行ってうどんを食おう。
帰りは来た分と同じだけ歩く。うまい近道があるわけはない。
車に乗ったら後は早い。
今日は天麩羅が食べたい気分だ。理由はない。
「天丼セットを食べよう」
ここの天麩羅は注文を聞いてから揚げるから熱々でさくさくでおいしい。
しかし、時間はかかる。
待っている間に横目で他の人が食べているのを見たら、蕎麦の人がおおい。
うどんと蕎麦を両立させているばあいは私の長年の経験上、蕎麦がメイン
だと考えるべきなのだ。
さて時間がたったので天麩羅ができた。
やっぱり天丼はうまい。ざばざばと食っていく。
うどんはどうだ?
ちょっとのびてるなあ。だしもぬるめやし。
今日はちょっとだけポイント下がったが、やっぱり美味しい店だとおもう。
次は蕎麦を食べて見よう。

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ラベル:B級グルメ
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2010年11月23日

東福寺へ先がけ紅葉狩り−偃月橋

さて本堂にもどったがさして見るものはない。
どうしようかとおもったが、偃月橋の方に国宝の龍吟庵を公開中とか書いてある。
まあどっちでもいいけど、偃月橋を見るのもいいかなと思い行って見た。
人の流れについて入って行くと、どうも入場料が安い。
中に入ると感じが違う。
「間違えた」隣の即宗院というところだった。西郷隆盛ゆかりの・・・とかいう
ことだがあんまり興味はない。
もう一度、龍吟庵に入りなおした。
いきなり、「国宝ですからさわってはだめです・・」
「国宝ですから写真とってはだめです・・・」
えらい厳しい。
解説もえらいぎょうぎょうしくて退屈だ。あきてきたので申し訳ないが聞かないで
勝手に見て回った。
どういう関連か、昭和の作庭家がつくったという庭がそこにある。
枯山水だ。
「これはいけませんね」
芸術性が高いということなのかもしれないが、私には、精神性よりわざとらしさを
感じてしまった。
研ぎ澄まされたもの、張りつめたものが感じられないのだ。
或る意味建物には似合うのかもしれない。
早々に退散した。
偃月橋はなかなか面白い。味があるつくりだ。
さてお腹がすいてきた。

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